郡上紬
紬(つむぎ)と言えば、大島や結城などを思い浮かべるかも知れない。これらは生糸もよい物を選ぶし、染色やデザインもいろいろ凝っている。高級品と言ってよかろう。郡上もまた一時は人間国宝を出したほどの地で、芸術の域に達した時代もあった。だが本来紬は、くず繭を使い、日常使いを伝統とする織物である。
数日前、郡上紬の職人さんと話す機会があった。彼は高度な技を受けついでいながら、使い込んで良さが出てくる織物を目指してきたようで、まあ職人気質の人のようにみえた。これは彼の手法が次のような点で目立っていたからである。
一つは出来るだけ強く「打ち越し」、横糸を密に詰めて織ることだ。他の物と比べると一目瞭然で、透かしても光の通ることが無いほどである。これはこの辺りの特徴なのか、それとも彼一流の好みなのかはよく知らない。郡上は冬が厳しいので断熱効果を高め、保温性に優れたものに需要があったような気もする。
もう一つは染色についてだ。若い頃には様々な色遣いをすることがあったが、段々色を減らしてきたと言う。色を使いこなすことは難しく、自在に使えるのはそう多くないそうで、自分が慣れたものだけらしい。
デザインについても突飛なものは多くないようだし、彼の取り組み方が職人寄りかなと感じた次第。これはあくまで彼の話から私が演繹したものであって、彼の真意を射抜いているかどうか定かでない。
近ごろは質の良い繭ばかり出回り繊維の細さや艶が良くなって、それはそれで良いことであるが、他方で昔風の素朴な味わいが無くなってしまい本意でないようなことも言っていた。高級な紬を織るというよりは、昔ながらの風合いを愛しているということかもしれない。
とうやらこの事が郡上紬の存続にかかわることになりそうだ。そもそも、くず繭と言っても紡いで糸にするのも、染色するのも手作業である。更に織る作業でも、彼のやり方では手間がかかって一日に左程進めない。大島ほどでないとしても、どうしてもかなりの値段にならざるを得なくなる。
ブランド物が高級化したのはこのような事情が背後にあったからではあるまいか。彼の思いでは誰にでも手に入れやすい価格にしたいのだろうけれども、もはやあり得なくなってしまった。
事ここに至れば、彼のやり方を生かした再生を目指すよりあるまい。彼の密な織り方を生かすにはやはり耐久性と保温効果を強調することになろう。となると反物の他に、ベッドカバーやら絨毯などが浮かぶ。艶や肌触りを優先して良い繭のみでいくのか、くず繭を混ぜて行くのかも岐路に立っている気がする。郡上紬もなかなか良いものですよ。 髭じいさん