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松葉

私は瀬戸内海で育ち、至る所にある松の並木や林が当たり前の風景だと感じてきた。今なら旧街道の両脇に背の高い黒松が並んでいるのは美しかったのだなと思える。瀬戸内は穏やかな印象をお持ちの方が多いかもしれない。確かに気候が安定しており、外海と比べると波も穏やだし、暮らしやすいような気もする。ところが冬場になると、晴れる日が続くので洗濯物がよく乾く一方、西風の強いことが多い。このせいで昔から防風林を整備し、吹き飛ばされないよう屋根を重くする必要があった。海岸沿いでは潮風に強い松が広く植栽されてきた。私はこれらの松林の中で優しく吹く風の匂いやら、うず高く積もっている松葉を踏んで歩くのが好きだった。

郡上に来てからは、松林は一部稜線沿いに林が出来ていることがあるものの、それほど広いのは知らない。しかも赤松なので、松茸に憧れながらも、何だかしっくりこなかった。

それほど林がないのに中濃、東農のみならず、飛騨地区にも「松葉」という地名がかなりある。松原や松林ならいざ知らず、松葉が地名になるのは何かしらモヤモヤしていたが、その理由が特定できなかった。

この歳になっても違和感が消えないので、これまで考えてきたことを少しばかり纏めてみようと思う。

まず表記について言うと、「松葉」「まつば」「マツバ」「松ば」「松場」があり、その殆んどは「松葉」である。数十か所に点在している。確かにそうなのだが、これにしっくりこない私は用例の少ない「まつば」「松場」などにヒントが隠れているような気がしている。

松葉は進物の包装紙に寸志を表すために描かれたりする。つまり、何かを奉るときに使うことがある。松葉熨斗(まつばのし)である。また正月の「松の内」も気にかかる用法だろう。奥がありそうではないか。

松の葉で奉る(たて-まつる)し、正月も忌明けの祭とみれば、いずれも祭に関連する。「松葉」は「祭場(まつり-ば)」が原形ではないか。つまり「まつば」「松場」などが原形に近く、意味が不明になってから「松葉」へ定着したと解せよう。

「まつり-ば」の「り」は、これまで何回か取り扱ってきたように、「作り田(つくりだ)」が「佃(つくだ)」、「渡り瀬(わたりせ)」が「わたせ」になるわけだから、少なくとも地名では消えてしまうことが少なくない。これは、「井光(いひかり)」は「いひか」になるなど『古事記』に遡れるほどであり、淵源が相当古かろう。

松葉地名は用例が多く、今のところ踏査できている所が少ないが、地区の神社に近いところに分布するものが結構あるので満更でもない気がする。

かくの如く、岐阜県だけでもまだまだ手の届かない小字地名が多い。様々な分野でお宝となるテーマが地名にはある。                                               髭じいさん

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