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落ち葉

ほぼ毎日目にする桐の葉がざばっと落ちた。乙姫川という小さな川の左岸にあるもので、何本か並んでいる。数限りなく見ているのに実際何本あるのか確かめたことがないのに気づき、昨日数えてみたら五本だった。桐と言えば、我が家の裏手にも一本あって、これも又すっかり落葉していた。イチョウは一気に落ちるというが、桐の葉は大きいのでいつの間にかという感じ。歩くのに邪魔なのか、翌日には片付けられていた。

我が家の庭も蔦は殆んど落ちたし、ドウダンもまたしかり。疎水を挟んで見える紅葉はなかなか見事だったが、これもまた残っている葉はちらほらで、今度強い雨風が来ればすべて落ちるかもしれない。

紫陽花は不思議な状態だ。殆んど葉が落ちているのに、一部元気な緑色を保っている。この前霜が降りたのにまだ生き残っている。ツツジやサツキは葉に茶色い斑点が散らばって美しさは失われたものの、全体として薄い緑を保っている。

当たり前ながら南天と柘植が一年中濃い緑を保っている。常緑を好まれ縁起の良い植物としてもてはやされてきた。これはこれで否定できないが、ときおり憎らしくなることがある。南天は赤い実がたわわに実っている。ヒヨドリなど小鳥が用心深くやって来て、つつき始めている。山の中に美味しいものが少なくなってきたのだろうか。一気になくなる事はないが、気が付けば少しづつ無くなっている。柘植の下辺りに小鳥が潜ることがあるのでやはり実をつついているかも知れない。ダイニングキッチンになっている部屋から見えるので、朝昼の食事時に眺めるのを楽しみにしている。

いつも行く大正町公園の集会所裏にけっこう大きなモミジがあって、葉が見事に落ちている。下を見ると色とりどりの葉が厚く蔽って、ふかふかの状態だった。誰も踏んでおらず、格別の気高さを感じる。

山に目をやると、植林されても手入れの行き届かない林は味気がない。雑木林はあちこちに茶色にくすんだ木々が見えるが、大方は葉が落ちてダークグレーに見える。落ちて積もった大量の葉は水を含んでダムの役割を果たすし、土壌を豊かにする。これが豊かな林を再生する原動力になる。

これまで私はすっかり葉が落ちてしまった木はむくろに見えて、見どころがないと感じてきた。一面の林を木の骨などとイメージしてきたのである。近頃見方が変わってきた。これは私が年老いてきたせいもあるように感じるし、木にとって冬は命の充填期ではないかと考え始めたからかもしれない。冬の間木はそれほど水を必要としないので、晩秋から初冬のこの時期に伐採すると良い原材料になることがある。葉を落とし、力をひそめて寒さに耐える姿とすれば又それはそれで美しいではないか。

私は滅びて無に帰すことに異存はない。                                              髭じいさん

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