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忍び旅

何やら怪しげなタイトルである。人生が旅なら、終りに近づいている気楽さは何にも代えがたい。郡上は宗祇が常縁から古今伝授された地ということになっている。後代、松尾芭蕉はこの宗祇にあこがれていた。

この間ちょっと珍しい小文に出会った。何でも芭蕉がスパイかもしれないというような内容だった。事実は想像をはるかに超えることがあるので、物珍しいこともあり、最後まで読んでしまった。この歳になると始めから終わりまで読み通すことが難しくなっている。歳を言い訳にするのは私だけかもしれない。スパイと見る根拠として、

1 芭蕉は伊賀の出身である。伊賀と言えば忍者の里として知られている。

2 彼は四十半ばを過ぎても一日十里、或いはそれ以上歩くことができた。

3 長旅に耐える路銀を十分持っていた。

4 憧れていた松島での滞在を早々に切り上げている。

を挙げている。当時仙台の伊達氏は東北の雄藩をなしており、徳川といえども油断ならない相手だと目されていた。彼が密偵だったという直接史料はない。が、なるほど状況証拠としてはそれなりにそろっている。また密偵でなかったという証拠もないわけで、例の歴史の闇に葬る他ないというやつかもしれない。

ちょっと待てよ、何だか変だ。至るところに違和感がある。中学生の時だったか、『奥の細道』の序文を覚えさせられたことがある。

「白川の関をこえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緖付けかへて、三里に灸すゆるより、松島の月先づ心にかかて、云々」

心がはやり、取るものも手につかない様子、まるで修学旅行を控えた学生の気分である。この時彼は四十五六歳。死を覚悟した旅だったろうに、この喜び方は尋常でない。

また「芭蕉」というペンネームも気になっている。私は「芭蕉」を「バナナ」と解釈してきた。本貫地の明石は気候が穏やかで、庭に芭蕉を植えている家が目についたものである。バナナのような葉に小さいバナナのような実をつけるのでずっとバナナだと考えてきた。実をつけていても、小さいので、食べられるのか分からなかった。芭蕉は茎の繊維を芭蕉布や紙として、またその葉は食べ物を包んで蒸し物に使ったり殺菌作用があるということで皿としても重宝されている。彼はどうやら芭蕉を役に立たないものと考えていたらしい。自分を又実際には役に立たない人間だと公けにしたわけだ。

この軽妙で純な人物が、密偵の重い任務を背負って旅に出たとは思えない。                                               髭じいさん

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