江ノ島へ
手術というものが最後は糸で傷口を縫ってお終い、だと思っていた僕は、実際はホチキスでぱちぱちと留められているのを見てびっくりしました。今週アタマにそのホチキスが外されました。執刀医の熟練の手際でもってホチキスは外されていきました。書類から外されるように、じつに文房具的にそれはあっさりと終わったのであります。
ちいさな10本足の虫のような跡を三つ残して、僕の4月の大事件は終わりになりました。
そしてふと気が付くと辺りの景色はおもいっきり姿を変えておりました。いつのまにか木々は葉っぱを全開に拡げ、くぬぎや樫の木には花が咲き始めています。花の周りをぶんぶんと小さな昆虫が飛び回っています。よく見ると小さな蜂でした。ものすごい数の小さな蜂が飛び回っています。羽音が沢山の小さなうなり声のようです。見上げていると次から次へと視界に蝶が飛び込んできます。揚羽、黒揚羽、大和小灰、瑠璃小灰、紋白蝶、褄黄蝶、黄立羽、瑠璃立羽、といった面々が今年もまた、健在でありました。
「よおし、病気もお終い、ちょうちょも飛んでることだし、江ノ島にでも行って美味いサカナを食べようぜ。」ということになりました。思いたったのが午前10時半、江ノ島に着いたのが12時。なかなかに素早い移動でありました。コドモがなにはさておき「海が見たい!」と主張するのでとりあえず、海をめざして歩きました。狭い島なのだからどう歩いたって海には出るであろう、と践んで歩き出したのですが、道はなんだかどこまでも登っていきます。このままどんどん登って空まで行ってしまう、ここは不思議の島なのではないかと考え始めた頃、やっと下り道にさしかかりました。しかし、これが目もくらむばかりの急傾斜。下った道はいずれ登らなくてはならない、という避けがたい現実にするどく思いを馳せたワレワレは下ることを止めにしました。「どおしてぇ、ここを降りて海に行こうよ。」と抗議するコドモを「お父さんはほら、病気がまだあれだから、」などと言いくるめて、とりあえずお昼ご飯をどこかで食べることにしました。美味いサカナ、が今日の目的の一つだったのでとりあえず美味そうなお店を探しましたが、普段こういうことに鼻の利く小峰公子が本日は不調でした。なかなかここだ、という場所が見つかりません。空腹で不機嫌になり始めた僕の一存であるお店に決めました。はずれました。刺身が、乾いていました。どうしてこんなに海のそばまで来てこんなに新鮮でない魚介類を食べなければならないのだろう、とすっかり悲しくなりました。みんな言葉少なに食べ終えて、言葉少なに店を出ました。
気分を入れ替えようと、水族館に行くことにしました。入場料の高さにまたしても少し打ちのめされかけましたが、展示されていた水のイキモノ達は僕らを充分に楽しませてくれました。ことに充実のクラゲコーナーには素晴らしいモノがありました。驚くばかりに精密な触手の数十本を、このうえなく優しくたなびかせて漂うその姿は、ついぞ見飽きることがありません。しかも美しいだけでなく、たとえば猛毒を持っていたりするところもすごく侮れない感じがしてクールです。たっぷり水族館を堪能して海岸に出ると、もう風が冷たくなっておりました。
当初の目的である「美味いサカナ」の望みはかないませんでしたが、病気から回復してはじめての外遊びとしては、お天気も上々で、なかなかにしてまずまず、といったところではないでしょうか。どうも書き方がまだるっこしいような気がしますが、まあだいたいそんな感じです。