美濃おさらい

ここまで幾つか異説を紹介してきた。それぞれ根拠があり、大人の議論ができるもので甲乙つけ難い。だからと言ってこのまま投げ出しておくのもどうかと思うので私見を披露してみる。
仮名といえば、平仮名や送り仮名などを思い浮かべる人が多いだろう。実際に書く段になると、この歳になっても平仮名の滑らかなタッチは中々難しい。送り仮名にしても、若い時に習ったものと異なることがあり、心持ちによってはけっこう仮名を送りたくない場合もある。
ところがここで言う仮名は真仮名と呼ばれるもので、平仮名やカタカナの基になるものだ。稲荷山鉄剣に象嵌されている文章に人名など仮名と思しき用法があるが、
一般には『古事記』や『萬葉集』などに使われている万葉仮名を指す。
『古事記』の仮名は平城宮や藤原宮などから出土する木簡に記されるものと共通することが多く、一つの主流とみてよい。
これに対し『萬葉集』で使われているものは非常に多様で、『古事記』の仮名のみならず別の流れと思われる系統もあるし、怪しげな訓と思しき用法まである。
仮名の作り方からみると、主として音仮名と訓仮名がある。前者は漢字の音又はその一部を借りて和語にあてるもので、『古事記』の仮名はこれである。後者は和語の訓または訓の一部を借りてほぼ同義の漢字にあてるもので、『萬葉集』の原文を読むとしばしば出会う。まあ進化形とみてよかろう。
さて「美濃」について、
1 「三野」「御野」における「三」「御」は訓仮名で甲類の「み」、「野」も同じく訓仮名で乙類の「の」である。少しばかり触れた「見」も「三」「御」と同じ分類で、仮名だけみれば「見野」も考えられる。
2 下二段に活用する「見伸ぶ」について、「美濃部(みのべ みのぶ)」「身延山(みのぶやま)」「美濃嶋(みのしま)」など、主として連用形ないしその語幹が名詞になる。
3 「美濃」はいずれも音仮名である。前述したように「美」は甲類、「濃」は「ぬ」だから、音として自然であるし、普通に考えればこれが本来の表記だろう。
落ち着いて考えてみると、「三野」「御野」は正倉院文書などにも見られる古い表記だが、全て訓仮名であるし、少し甲乙の調和に違和感がある。「美濃」からの派生でなかろうか。
「見伸ぶ」については、可能性がないとは言えないとしても、「みの」として独立するには何か足りない気がする。
従ってまず「美濃」の表記があり、「みぬ」の音に遡るのが最も有力だろう。「みぬ」が「みの」に変わるについては、「葦原水穂」たる「水沼(みぬま)」を適宜排水し耕作可能な「野」にしてきた実体を表しているのではあるまいか。

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