俗な人生

明けましておめでとうございます。早一年が過ぎ、年が明けてしまいました。今年もゆるゆる生きていくのかなと考えていた矢先、元日の午後だったかに能登を中心とする地震があった。能登半島地震と名付けられたようだ。

郡上では初期微動があって、暫くしてから本震という形だった。震央に近ければ始めは縦ゆれだったかもしれない。状況が明らかになるにつれ、甚大な被害が伝えられるようになった。

死亡してしまった人には冥福を祈る他ないし、被害を受けた方には掛ける言葉とてないが、何とか心静かになれるよう願っている。頑張ったところで一日は一日でしかない。まずはゆっくり休んで欲しい。

一日でも早い復興というのは幻想である。やれることは限られている。まずは無くしたものを噛みしめ、なごりを惜しみ、これと決別することに時間がかかる。ある程度整理できてから再出発すればよい。

私は若い時から能登が好きで、北アルプスの縦走をやり終え、大糸線から北陸線へ乗り換え、更に能登へ回って行ったものだ。輪島塗りの箸等を買ったことを思い出す。映像ではあるが、破壊された家屋や道路を見るのは忍びない。

私は阪神淡路大震災を経験している。あの時も正月だったと思う。ひどい揺れで、住んでいた「マンション」の最上階はまるでメリーゴーランドだった。

その時には地震について理解が届かなかったせいか、恐ろしいには恐ろしかったが、どこか夢心地だった。むしろ繰り返される余震で怖さを実感したように思う。永遠に続くように感じたものだ。今回もあの時と同じ震度7の揺れだった。さぞかし、余震でも心を傷めているだろう。

震災から三十年が経ってしまった。何年たっても成果が得られず、無為徒食、残念な人生である。正義を体現している訳ではないし、モラルが高いということもない。幾らかでも学問で貢献できたわけでもないし、世の役に立つこともない。熱心にやるほどの集中力もないし、日暮れて道遠し。こうなってしまっては、もう取り返しがきかないような気もする。

年末に我が家へ来てくれた仁によると、近頃私の文章が随分弱気になっているように感じるらしく、年齢が気になったそうだ。

そうそう、孫と雑煮を食べている時に感じたこと。餅をよく咀嚼してゆっくり食べて欲しいというようなことを言うと、「お爺ちゃん、お婆ちゃんの方が心配」と応える。彼の方が正論で、歳をとると飲み込む力が衰え、喉につまらせるのは年寄りや小さな子供である。加えて、入れ歯やら詰め物が取れてしまう心配もある。どうやら身の程知らずだったようだ。                                               髭じいさん

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