苦手な食べ物

この歳になってこんなことを書くのはどこか気恥ずかしい。私達の世代は多かれ少なかれ敗戦後の食糧難を経験している。好きだとか嫌いだとか言えるのは恵まれた人で、親に出されたものを黙々と食べるよりない人が多かった。それにしても聖人でない身、やはり好き嫌いは避けられない。

振り返ってみると、我が家の食生活では、同じ食材を様々に加工して繰り返し食べていたような気がする。海に近ければ海なりに、山の中なら山なりに、各地区に豊かな食材がある。それぞれの家で手に入りやすい食材をさまざまな形に調理して食べていた。

大根や白菜などは煮たりしてたべるのは勿論、大量に漬け物にしていたし、切り干し大根やら干し芋なども保存食として作られた。

私は海辺の育ちなのでカレイやアブラメなどの魚が手に入り易く、煮て食べるのが御馳走だった。我が家で作っていた訳ではないけれども、海産物では目刺しや干しタコなどにして保存用にしたものが手ごろな値段で手に入った。この辺りでは塩イカやニシン、タラの乾物がよく食べられていたらしい。

我が家は田畑を所有しておらず、猫の額ほどの畑を借りて野菜を作っていた。それほど広くなかったようで、絶望するほど同じ野菜を毎日食べていた記憶はないけれども、ピーマンは苦手で自分を殺して食べていた。ニンニクや納豆は親が嫌っていたからか、目にしなかったので好悪はなかった。

同じく続けて食べるにしても、ほうれん草は毎日お浸しにして美味しく食べていた。いまでも好物である。

家族が多い時代だったこともあり、百姓家なら季節ごとの野菜を大量に栽培して長く食べられるようにすることが必須だった。子供にひもじい思いをさせず健康に生き抜くことが最優先なのでまずはカロリー、それから各栄養素というような具合で、それぞれの好みを考慮するにしても、おのずと限界があった。

いろいろの話を聞いたことがある。例えばナスならナス、キュウリならキュウリが毎日食卓に出てくる。そのうちに飽きてしまったり、トラウマになってすっかり嫌いになるとか、できれば食べたくないというような事だ。

私にとってインスタントラーメンとチーズが手軽に手に入り始めたあたりが、食生活の大きな区切りになった。この前後から大量に加工食品が出回るようになった印象である。当初はチーズが苦手だった。

さて現代に目を移すと、近ごろの子供は相当グルメである。好き嫌いも念が入っている。子供の好きな物と言えば、一番先に思い浮かぶのは肉だろう。ところが先日、ある人の話を聞いて驚いた。ステーキを好まない子が結構いると言うのだ。脂身を敬遠するらしい。魚は煮たり焼いたりしても骨を取るのが面倒らしく、鮨や刺身を好むと言う。                                               髭じいさん

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