地名の持つ意味
ここのところ隔週で地名について書くことが多くなった。片仮名地名をはじめ難解なものを取り上げ、温めてきた考えを纏めることが次の世代へ幾らかでも参考になるかなという思いがある。これにはやむにやまれぬ理由がある。
地名はそれぞれの地につけられ、皆が納得した呼び名である。時代によって変わることがあるが、それも含め、その土地に刻印された銘だ。またそれは民衆の歴史そのもので、埋蔵文化財に劣らない史料価値がある。中でも小字地名は価値が高い。しかし残念ながら、急速にその実態を失いつつある。
人が自分らしく生きていくには、衣食住を適度に整えられれば、更に自分の立ち位置やら生きている条件をつらつら考えることになる。実際に憂き世を生きていく上で政治や経済が重要なのは言うまでもないが、地理や歴史もまた自分を構成する横軸や縦軸となっていることも間違いない。
気づいていようといまいと、自分の生れた故郷やら、家系やらが自分の根元になっていることは否定できまい。その地名やら姓名もまた人のよってたつ所なのである。
地名を理解するにはこれら各方面を土台にした上で、各地の民俗やら、方言からアプローチすることも必要だろう。言語で表されているので、言語学のバックアップも要る。
これらの大切な小字情報は既に記憶から消え始めている。細かに専門化した現代では、個人の能力は更に限られる。これらの社会科学を総動員して復元し、地道に解いていく他なかろう。
こんな大袈裟なことを言っても、やりたい事もできる事も共に限られている。私のやっているのは美濃、飛騨を中心とする地区にすぎない。更に美濃と言ってもいささか広く、西濃についてはまだ始めたばかりだ。美濃、飛騨だけでも網羅しているとは言えず、気づいたものを荒い網で掬っているに過ぎない。
まあ、それにしても年月は容赦なく過ぎていく。自分を振り返って、随分難しいことをやってきたなという思いと、まだ手を付けられないテーマが山積していると感じる。今取り組んでいる例なども手ごわいという実感があり、これから先を考える余裕がない。
岐阜県に関してもかくの如くであるから、他県へ触手を伸ばす暇がなかろうというのが正直なところだ。やっとこの歳に至って、岐阜県の地名を理解するには近隣諸県を参考にしないと糸口すら掴めない例が目白押しだと気づく。
地名に関する全国組織がしっかりフォーマットを定め、各県単位などで急いで情報を整理しなければどんどん色あせてしまう。同時に、それぞれの分野で精を出して少しづつ成果をあげ、それを共通のテーブルにあげて議論を深めなければなるまい。
自分ではなぜこれ程のめり込んでしまったのか、もうはっきりしないが、自分の立ち位置を確かめていくことが大事だとは分かっている。 髭じいさん
