民の多幸
かつては「民之多幸 國之不幸也」(『春秋經』宣十六年左氏傳)という時代があった。「民の多幸は、国の不幸である」というわけだ。今がどんな時代なのかは、それぞれなので、色んな意見がありそうだ。
この国では「失われた三十年」という句がある。大まかには、この間に経済成長が止まり、少子高齢化が加速するなど、社会の活力が徐々に失われてきたことになっている。この原因についは、さまざまの人がさまざまな意見を述べて一様でないし、私見を述べてみたところで正鵠を射た考えがあるわけもない。
何の役に立つのか分からないけれども、時々に感じた底辺の小市民たる私の感じてきたものを少しばかり披露してみたいと思う。
民が疲弊し始めたのは、おおよそ土地バブルがはじけた辺りでなかろうか。田舎に籠っていては分かりにくいけれども、何と言うべきか、私もこのバブルの波に飲まれた組である。
郡上から一旦本貫地の明石へ居を移したのは三十数年前だった。住む家とてなく、ちょっとした買取のアパートで暮らしていた。いわゆる中古マンションというやつである。当時子供がまだ小さかったので、バブルの事は考えず、とりあえず住む所が必要だった。
何とか頭金を用意し、人並みにサラリーマンをやってローンを組むことになった。これを続けられれば老後の役に立つこともあったかもしれないが、阪神淡路大震災あたりですっかり様子が変わってしまった。
評価の下がったマンションを売り払い、こちらへ再度引っ越してきたのには明確な理由などなかった。収入が左程でなくとも田舎ならそれなりに暮らせると、根拠の薄い自信があったというのが一因である。
更に、周囲を見ても多くは給料が上がらず、更に消費税が真綿で首を絞め始めたあたりで、民の余裕がいよいよ削られてきたのではなかろうか。加えて健康保険や介護保険など、重い社会保険料が底辺からも吸い上げられ、小市民は青息吐息になってしまった。
アジアの古代及び封建国家は王や封建領主を中心とする専制政治であって、王家や領主はあくまで私家であった。従って彼らは民の競争相手であり、利害が反していた。よって「民之多幸 國之不幸也」という考え方に普遍性があったのだろう。
ところが現代は、国家は公で民は私というシステムでなりたっている。今尚、王制や一党独裁などではどうしても私が出てくるがね。
民をいじめては社会が収縮し、税も集まらない。何かにつけ増税ばかりやっていると民がやせ細って、税も先細りになってしまう。民に余裕ができれば経済も回るし、結局税収も増えることになろう。まずは民を豊かにするのが筋である。「民之多幸 國之幸也」にしたいものだ。 髭じいさん
