牛鬼(うしおに)
通称ならあるとしても、しっかりした小字に「牛ヲ二」があるとは驚きだ。旧上宝村福地にある地名である。今回は牛鬼を地名としてではなく、その足の数を中心に考察してみたい。牛鬼については郡上にも幾つか伝承がある。
友人からの電話があった。地元の高校生がグループで明宝の資料館へ「牛鬼」について調べにきたそうな。彼は彼女たちに地元の話をしてやったという。後日、その研究発表を見てくれという連絡あり、私にも同行しろという。藪から棒だったが、面白そうなのでお供をすることになった。
彼女たちの展示は地元で伝承された話を取り上げ、ネットで得た話を散りばめて、上手く纏まっていたと思う。その中で気になったのは、牛鬼の角と足の数だった。
鬼の角が二本なのか一本なのかについては議論のある所で、実際のところそれらの根拠がどのあたりなのかよく知らない。彼女たちの採用した図では角が二本。
私の独断では、二本の角は牛を原形にすると解している。一本については案がない。二本を横から見れば一本であるとか、犀の角が一本であることをもとにするなどの意見を見たことがあるが、どちらにしても自信が持てない。龍や麒麟などと同じように、想像上の姿なのかも知れない。
それでは牛鬼の足の数はどうだろう。彼女達が採用した図では、左右三本ずつで計六本だった。ただ、私はこれに違和感があった。高賀山信仰で登場するものは、「牛のような姿で、牛のようになく」と縁起に記されている。まさに牛の姿をもとにしているだろう。とすれば足が四本と推定できるのではないか。
また彼女達が採用している郡上寒水の伝承では、吉田川を下って鶴佐ま出てきて相撲をとることになっている。相撲をとるのであれば、前二本を手と見れば後ろ足二本で立つ姿が想像できる。やはり足は四本と考えてよいのであるまいか。
この違和感はどこから出ているのだろう。彼女たちの採用した牛鬼の図は確かに足が六本で、それぞれの足の先が刃になっており、牛の姿としては不自然な気がするし、足が六本で後躯が丸く膨れている形からは蜘蛛のように見える。この姿で相撲をとれるとは思えない。これから、私は次のように考えた。
私の考えた牛鬼は牛を原形にした鬼で、彼女達の採用した牛鬼はこれを妖怪として変形したものではないか。妖怪としてなら牛鬼の足が八本のものも見られるし、まだまだ発展形がありそうだ。
四国の高知県や愛媛県などに残っている牛鬼は巨大なもので、大きな獅子舞のように何人もの人が中に入って動かしている。足元を見れば、三人なら六本、四人なら八本という風に増えていったのではなかろうか。 髭じいさん
