大工道具の消滅
昨年の暮れ、奈良、斑鳩を訪ねた。世界最大の木造建築をこの目で見たいと思ったからである。1200年以上前に、いったいどの様な道具を使用して建造したのか、訊ねても明解な答えが得られなかった。最近「大工道具の歴史」(岩波新書:村松貞次著)を読んで、驚きは一層高まった。8世紀の日本では、製材の道具として、オガ(板を製材するための縦挽きノコギリ)は無かった。14世紀(室町時代の初期)になって登場するのである。8世紀の頃は能率の悪い横挽きノコギリが法隆寺の建立に使用された。この頃に使われた道具は、オノ、ノミ、チョウナ、槍カンナ、ノコギリ、キリ等であった。板の製材はどうしたのだろうか?当時の日本には、豊富な森林が存在し、大木の年輪に沿ってクサビを入れ、縦裂きにした後、チョウナや槍カンナで仕上げたのである。オノとナイフで作ったようなものであろう。ともあれ、こうして巨大な木造建造物が築造された。さて、現代、私たちの殆どが、日本の道具の王者と言うべき、大工道具の使い方を知らない。”自然を守れ”という喧騒のなかで、生産第一主義が悪とされ、物作りの原点まで見失いつつある。”良識”によって子どもたちからナイフを奪ったツケは、至るところに表われているように思える。