漆の実のみのる国

 今回のコラムの表題「漆の実のみのる国」は、故藤沢周平氏の白鳥の歌とも云える作品の題名である。この小説の要旨は、上杉鷹山という米沢藩(かつては、越後の盟主であった上杉謙信を藩粗と戴く国)の財政再建の苦労話であると共に、一国を治める指導者の理想を描いたものである。これと同じくする内容が童門冬二氏の作品「上杉鷹山」にもある。これらの作品が生まれた今日的意味はどこにあるのだろうか。少し前まで、終身雇用型日本社会は世界の寵児であった。ところが、バブルがはじけて後10年余り、日本経済の低迷が続いている。終身雇用型の経済はなりをひそめ、小さな政府と、実力優先の自立型社会への変節点に差しかかっているかのように見える。こうした中で再建に心血を注ぐ徳の有る指導者を掘り起こし、描くことに日本型社会の在るべき姿を、彼らは見たのではないかと思うのである。かつて、J.F.ケネディが日本人記者の質問に答えて、最も尊敬する日本の歴史上の人物は”上杉鷹山”である。と言って、そんな人物を知らない記者たちを戸惑わせたと言う話を聞いたことがある。皆が権利を主張して、これを調整する、西欧型民主主義の在り方と、互いに思いやるアジア的有徳型社会の在り方について、どう在るべきか、今問われているのではないだろうか。

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