わらび
こちらへ引っ越してから蕨との縁が濃くなったと思う。それまでも何回か出会っていたかもしれないが、鮮明な記憶が無い。山菜そばを食べていれば、少量入っているのを食べたぐらいだろう。少しぐらい入っていても気にならないし、山の幸としてなら珍味として姫竹などと共に季節を味わえる。美味しいと思って食べていたかどうかは定かでない。
田舎で暮らすと、友人や近所の人から野菜などを頂くことがある。季節の野菜として蕨もその中に入っており、かなりの量がまとまっていることがある。
私はわらびが好きという訳ではない。取る時期を失したものは筋が堅くて口に残るし、初出のものは喉に細かい棘のようなものを感じることがある。煮ても、和えても、一度に作る量が多いと閉口する。実を言うと、これまで喜んで食べたという記憶はなかった。
というようなことで昨日と今日、わらびの煮物を食べた。近所の人が分けてくれたものである。なぜか、これが妙にはまって美味い。
我が家の食べ方が、この辺りで普通に食べられているものなのかどうか知らない。ちょっとした出汁に厚揚げや身近にある野菜と共に一緒に煮ただけの、珍しくもないものである。今回は蕨とジャガイモと厚揚げの組み合わせだった。
味の含みが適度で味が好く、柔らかで、独特のぬめりがあり喉越しがよいので、するする食べられる。えぐみが全くなかったのは、あく抜きがしっかりされていたからだろう。蕨がこんなに美味かったのか。
ゴール間近になって、やっと美味しさが分かるようになるとは思いがけない経験となった。逆に言えば、この歳になったからこそ、やっと分かるようになってきたのかも知れない。一回一回の食事が身に染みる。丁寧な下準備をしてくれた人に感謝するばかり。改めて自然の恵みに感謝したい。
これまで郡上八幡の和良についてその語源を探って来た。「和良」は郡上四郷として郡設置に遡れる由緒ある地名だ。「わら」の語源を「蕨生(わらびふ)」「蕨野(わらびの)」とした仮説も、より身近に感じられるようになったのは不思議である。
『大漢和』によると、「拳菜 わらびの異名、初出の時、小兒の拳に似るからいふ」とある。『爾雅』釋草に載っているらしいが、管見では見当たらなかった。だが『通訓定聲』に「蕨 亦似小兒拳 故曰拳菜 紫黑色 瀹爲茹 滑美」とあるので、「拳菜」が蕨の異名だったことはほぼ間違いなかろう。
とすれば、中々の命名ではないか。初生は小さな子供の拳のように丸まっている。この姿をとらえて「拳菜」と呼んでいるわけだから、姿が目に浮かぶ。紫黒色に変色したものはあまり嬉しくないが、茹でてお浸しなどにすれば、ちょっとしたぬめりがあり、のど越しが滑らかで美味いという義がやっと腑に落ちた。 髭じいさん
