小説「剣客商売」の楽しみ

頃は安永から天明(1780年代)、老中田沼意次の治世の下、孫娘ほどに若い<おはる>に手をつけて共に暮らし始めた、老剣客<秋山小兵衛>を主人公に、物語は展開する。作者は言わずと知れた池波正太郎である。初出は彼が49歳の時で、それから平成2年、67歳で他界するまで書き続けられた。短編83作、長編4作の、全16巻となった。

 筆者は物覚えが悪いのか、感性が鈍いの判らないが、読み返す度に新たな発見や、違った楽しみを覚える。初めてこの作品を読んだのは30代の後半の頃だった。時代小説の楽しみを知り始めた頃で、小兵衛や、その息<大治郎>のカッコよさを楽しんでいたと思う。それから、もう署粕Nを経て、何回も読み返す間、時には当時の江戸の人情や、風物、食、町人の暮らしぶりに思いを寄せ、時には読み進むほどに広がってゆく小兵衛の世界に登場する、魅力的な脇役たちに惹かれ、今では小兵衛の初老の屈折感が少し解りかけたような気がする(?)

こうした、何度も読み返して楽しむ小説の読み方も面白いと思う。作品に対する発見と共に、自分自身についての発見もまたあるように思えるのである。筆者はこの他に、ギャビン・ライアルの作品をしつこく愛しているが、「剣客商売」ほどに、その適度な量といい、重さといい、小兵衛の世界の広がり方といい、こうした作品はあまり無いように思える。(尤もこれは好みの問題ではあるが・・・・。)とまれ、浮世は師走真っ只中、このような時こそ好きな小説に現(うつつ)をぬかすことも一興かと存ずる。