遠くが近づき、近くが遠のいて

≪遠くが見える≫
朝、カーテンを引くと真っ先に目に入る低い山がある。赤松が広葉樹の中からまばらに姿をみせるこの山は、四季折々にゆっくりと色の変化を見せて楽しませてくれる。
私との距離はいつでも一定に保っているこの山は、まるで現代社会の変化とは無縁であるかのようだ。
私たちの生活は今、急速に変容を遂げている。中でも科学技術の目覚ましい発展と情報の発展は、私たちの人間関係にも微妙な変化をもたらしてきた。
テレビやラジオなどのマスメディアの発達は、遠くのことがらを身近に引き寄せて、茶の間に寝転びながら、けっして近づき見ることのできない様々な出来事を画面に映しだしてくれる。

≪近くが見えない≫
遠くのことがらが近づいてよく見える反面、近くのことがらが見えにくく遠のいているように思う。それは、地域の人々との連体であり、身近な家族、夫婦、親子の強調、共感についてである。
四十を少し超えた婦人が、七年以上続けた内職を辞めて、近くの織物工場に勤めることにしたと話された。子どものころから大変お世話になった近所のおばさんが、脳血栓で入院されたのを四日間も気づかなかったのだそうだ。「毎日内職しながらラジオに耳を傾けているといろんなことが学べます。でも、もっとも大切な人のことがわからなかったのです。」と。だから、身近な人々と出会うことのできる仕事に就いたのだと言われた。
家族の中でも、普段は取り立てて問題にならない家族間のあり方も、何か不測のことが起こると何でこんなにお互いがバラバラなのか、心が通じ合わないのかと唖然とさせられることがある。若い母親が告知を受けた末期ガンの病床で、「親子や夫婦が一つになるって難しいことやね」と言われた。何故かと尋ねたら、「昨夜は本当に苦しく一睡もできなかった。だから、ついその辛さを口にしてしまったら、『ガンバレ』としか言われなかった。私、精一杯頑張っているつもりなんだけどねぇ。」と寂しく言われた。
力を尽くして頑張っているその母親には、身近な人間の言葉であるだけにとても悲しい。なぜなら、相手の痛みや悲しさ、苦しさが見えない、共感のない隔たりを否応なく感じさせるからである。私はその母親のことばに教えられて、末の妹がやはり末期ガンの病床にあったとき、子や夫に対して最期まで親や妻である身を尽くそうと生きるその姿に接して、決して『ガンバレ』と高い位置から励ますことなどできないことを改めて知らされた。

≪遠くの私を教えられる≫
身近な親子の関係が、時に深い溝となってあらわれ、その意識のずれに愕然とすることがある。そんな時は往々にして「自分はこれでよし」とする「われの思い」の中に閉じこもっている時でもある。私どもは朝から夜まで、それこそ何回も「私は」「自分は」という言葉を使っている。そこには、自分のことはわかっているつもりの私がある。でも、その身近な私がもっともわかりにくい存在でしかないにもかかわらず、自明のこととしている。そこにいつも問題の生ずる根っこがある。
良寛さんが、「同じことを三遍いったらもうろくしたと言う。だが世の中にはもっともうろくしているのがいる。それは、あいつは三遍同じことを言ったと勘定している奴だ。」と言われた。人のことがよく見える目は、自分を見ることができない目である。見えない自分を教えられること、それは二つの耳が大切にされることである。今日ともすれば二つの耳より一つの口がでしゃばって、いよいよ教えられた私との出会いが遠のいている。したがって、自分の思いや都合のところでしか語れないし、そのことがいかに自我中心の自分の言葉であることかもさえ気付けない。困ったことには、人間関係の様々な問題は、いつでもそこから派生しているのである。

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