千葉の海へ
めったに行かない千葉県の海に行ってきました。テレビの旅番組で千葉県の何とか海岸を散歩していた旅の人が不思議な石を拾って、調べてみるとそれがイルカの耳石の化石であることがわかる、というのをやっておりました。ほほう、面白いモノがあるものであるなあと思い、これはぜひワレワレも見つけてみなければなるまい、と言うことになったのです。あてずっぽうでクルマを走らせ、東京アクアラインという道を初めて通りました。おそろしく真っ直ぐなトンネルが9キロメートルも続いています、海底を走っていることを考えるとなんだか息苦しいような感じになってきたので考えないようにしました。途中、「うみほたる」というパーキングに寄ってその後は海の橋を行きます。トンネルと違って素晴らしい気分ですが、あっという間に終わってしまいました。このアクアラインの通航量は3000円也。値下げしてこの値段だそうです。走った感じでは500円位が妥当だと思われますがどんなもんでしょ。しかし、うみほたるに展示してあった巨大なトンネル掘削用の円盤を見てすごいなあ、と率直に感心したのも事実でした。直径14メートルもの円盤に固いブレードを山ほど取り付けて、それをぐわんぐわんと回転させて海底を掘り進んでいったその様子はさぞかし雄大だったことでしょう。人類の底力のようなものを感じながら眺めておりました。そんなすごい工事だったので3000円もかかるのであるなあ、と納得しかけましたが、帰りもあるわけで往復6000円はやっぱりいくらなんでもそりゃねえだろ、というのが結論であります。
さて千葉県に渡ったワレワレはなおもあてどもなく行きます。12時を過ぎおなかが急速にすいてきたので食べ物やさんを捜しながら進むと、木更津の街に回転寿司のお店がありました。ウチの息子のここんところの人生の目標でもあった回ってるほんとの回転寿司でした。早速入りました。お客さんは一杯で活気に溢れた店内の様子に気分も盛り上がります。そして、さすがというかなんというか、とっても美味しかったのです。やるな、千葉県、でありました。そして驚くほどに安いのでありました。どのくらい安いかというと三人お腹一杯になってアクアライン片道分、ということでした。ふたたびやるな、千葉県。
おなかもふくれて幸せなワレワレは海をめざします。行き当たりばったりに走るのでなかなか海が見えてきません。こういうときにカーナビでもあればすんなりといくのでしょうが、僕はわりとこういう失敗だらけのドライブが好きなので問題ないのです。すったもんだを繰り返して新舞子浜というような名前の海岸にたどり着きました。コドモは車を降りると波打ち際へすっとんでいきます。海岸は貝殻で埋め尽くされておりました。海からの距離で微妙に摩耗の度合いの異なった貝殻が海岸線と並行にいくつもの縞模様を描いていてとてもきれいでした。ゴミがほとんど打ち上がっていないのも素晴らしいことでした。つい一ヶ月前江ノ島で残念な思いをしたのとは対照的でありました。三度、やるな千葉県。
コドモとお母さんは耳石を念頭に置いての貝殻拾い、に夢中になっています。特にコドモは波に洗われてつるつるになったガラスのカケラを愛しているので熱狂していました。僕は飲んでいたコーラの缶に細かい貝殻を入れていたらいい音がすることに気付いたのでシェーカーを作ることにしました。試行錯誤の末、3ミリから5ミリ程度のカケラを集めるともっとも心地よい音がすることが判明しました。手だけでもってその大きさに貝殻を統一していくのはタイヘンではありますが、海底にトンネルを掘って東京と千葉を繋げてしまった人類の一員としてこの作業を遂行していったのであります。ひとつ作り上げるととてもいい音がします。しかし、シェーカーはふたつ対で持ちたいのが人情というモノです。コドモとお母さんに無理に同じコーラを飲んでもらってその空き缶でもってとうとう対のシェーカーを作り上げました。それでもってしゃかしゃかと16ビートを刻んでいると波の音と混ざってとても幸せな気分になりました。
どこかのお母さんが木の枝を箸のようにして何か不思議なイキモノを挟んで歩いてきました。近づいて来るとサカナのようですがどうも鰭の着き具合とかが異様です。ふと思いつき「サメですかあ?」と訪ねてみると、「そうなんですよ」といいながら嬉しそうにそれを家族に見せに行きました。サメが打ち上がる海岸もたいしたものですが、それを挟んで持っていってしまうお母さんも相当なものです。またひとつ千葉のすごさを見た思いでした。
うちの家族はというと、ずいぶんと大量の収穫を上げたようです。拾ったたくさんの貝殻はどれも美しく、あまり波にもまれた感じがありません。そして蛤やらホタテやらツブガイやらがたくさん混ざっていました。どうも食用のものが多いなあ、と感じ、「もしやこれは近所の民宿でお客に出したもののなれの果てなのではないか?」という疑惑があたまをもたげましたが、なにか身も蓋もない気がしたのでアタマを振って忘れることにしました。
貝拾いはもう充分だと感じた思ったのかコドモは、打ち上げられたくらげを木の棒にいくつも突き刺して「くらげのまるやきー」などということをやっています。お母さんはイルカの耳石を求めてなおも砂浜に鋭い視線を送りながら歩いています。そろそろ日が傾いてきました。幸せな一日は終わりに近づいていましたが、お父さんはなんだか腰を上げるのがおっくうで、いつまでもずるずるとこの時間にひたっていたいような、かすかに切ない気分でおりました。