一人の週末
今日は金曜日。なぜか一人の週末になってしまった。一瞬にして独居老人になってしまい、なんだか心細い気もするし、気兼ねがない気もする。年寄りのありふれた一人生活を書いてみようと思う。
子供が独り立ちして親元を離れて行くのは健全としても、他方では年寄りだけが家に残っていくことになる。彼らは地元で簡単には気に入った仕事を見つけられないから、いろいろもがいて解決策を見つけるほかない。
年寄りの多くは長年住み慣れた地を離れたくないだろう。我々にとって友人や近所とのつき合いは格別であり、これらを失うのは人生の過半を失うようなものだ。というような訳で、どうしても年寄りだけになりやすい。長期の視点に立てば、私の方が先に死んで、なるだけ一人暮らしは避けたい。が、一寸先は闇であり、この先どうなるか分からない。シュミレーションとして、これを機に独居生活の一日を振り返ってみる。
いつも通り起きて簡単に朝食を済まし、昼前まで継続中の作業をする。心なしか早めに切り上げ、あれこれ昼飯のことを考えた。結局はコンビニでハンバーガーを買い、家にあったスープを温めて食べることにする。いつもはダイニングキッチンでいただくのに、今日は居間でテレビを見ながら食べた。
一休みし、三時まで午後の作業をやって一息つく。何を思ったか、近くの喫茶店へ体を温めに行く。コーヒー一杯でしばらく粘り、頭も体も暖まったので、帰る。ネットで碁の対局を観戦しながら、なんとはなしに、晩飯のことやら湯たんぽのことを思い浮かべる。ここは雪国であり、寒さ対策が頭から離れない。
夕方職場へ行く途中、スーパーで混ぜ飯の弁当を買った。五時を過ぎると値引きしており、少しばかり得した気分になる。
仕事を終えて、晩飯をたべるのはいつも十時ごろ。弁当をレンジで温めて、やっぱりテレビを見ながら食べていた。テレビを見て食事することは殆どないのに、なぜなのか俄かには分からない。厳寒期でもあり、お茶だけは熱い湯で入れ、大きなコップで飲んだ。面倒になったので、今日は風呂をやめておく。
夜中に近所で救急車が止まった。大抵なら、どこに止まったかぐらいは確認するのに、今日は外へ出る気にならない。ここのところ何度も救急車が来るので慣れっこになったからかもしれないし、自分の行先を暗示していると感じたからかもしれない。或いはすっかり老いぼれて、私の中で、人の命が安くなってしまったのだろうか。
一人暮らしはさほど苦にならないが、独居が続けば、人の温もりを求めるような気がする。少しずつボケていくのはやむを得ないとしても、火事を出して近所に顔向けできないようなことはどうしても避けたい。健康を害した上の孤独死なども対処しなければなるまい。
周りに面倒をかけたくないという気分になっているとは言え、掃除や洗濯など結構楽しめそうなので、辛いことばかりでもなさそうだ。