羽佐古
こちらで住むようになって方言のみならず地名に戸惑うことも多い。郡上市美並に羽佐古(はさこ)という地区がある。西和良や下保筋へ通じる重要な中継地と言ってよかろう。
羽佐古はハサコと読む。「羽」は「はね」だから訓の一部を借りているし、「佐」「古」はそれぞれ仮名とみることもできる。読むことにはそれほど苦労しないが、まったく意味が思い浮かばない。この字形を選んだ時には、もう語源がよく分からない状態だったのではなかろうか。
この地方でオオサンショウウオを「ハザコ」と呼ぶので、何となく「ハザコ」が沢山いるのかなという程度の認識だった。しかし、どうにも腑に落ちない。
まず「ハサコ」であって「ハザコ」でない以上、この音にこだわりがあると考えてみた。普通なら連濁になりそうなのに、「ハサコ」で清音のままである。どうやら山椒魚のことではないようだ。
そこで、このあたりでは山や岩などが迫っている地形を「サコ」と呼ぶので、「ハ-サコ」と分けてみた。「ハ」の由来がよく分からないけれども、長年、私の中では何となくこれが定着していた。
いろいろ考えてみても、「ハ」の糸口が掴めない。「サコ」の用例を増やしていくうちに、別ルートで目指していた八幡町桜町の「サクラ」が気になってきた。「サ-クラ」と切り、「サ」は狭い、「クラ」は岩クラとして、川に迫った岩クラと説かれることがある。これに異論をさし挟むつもりも力もないが、すこしばかり物足りない思いがあった。
試行錯誤したあげく「サコ-クラ」「サク-クラ」などの可能性を考えていた時に、「ハ-サコ」もまた「ハサ-サコ」の形が思い浮かんだ。
「ハサ」は「ハザマ(狭間)」「ハサミ(鋏)」などから、両側から挟まれる意味があるだろう。この地方で稲をハサに掛けて干す場合も、稲を挟むことに由来しそうだ。「挟む」をマ行の四段とみれば、「ハサ」が語幹で、「ハサマ」「ハサミ」「ハサム」などと活用することになる。
「ハサ-サコ」が音を省いて「ハサコ」になるのは、「カハ-ハラ」が「カハラ(河原)」になることを思えば、それほど無理だと思えない。
そこで「ハサ-サコ」の意味を考えてみると、「ハサ」は「ハサム(挟む)」、「サコ」は「迫」で「迫る」とすれば、両側から山や岩が迫っている義となる。
この地区なら、少しばかり沢をつめれば、どこでも両側から山が迫った地形はある。「サコ」は一般名詞としてよく使われるのに対し、「ハサコ」はそれほど見当たらないので、何か印象に残る地形があるのかもしれない。