寒暖の差

ここ数日は天気がよかった。朝方は相当肌寒く、10度を切っていたと思う。ところが昼間は気温がぐんぐん上がって真夏の気配である。
私は通勤が自転車だし、たまに遠出するときでもスクーターに乗るという具合で、風を意識して暮らしている。この時期は天気が安定しているし、湿度も良い加減で、気持ちが良い。
夕方、自転車に乗ると道路が熱せられているからか、肌にまとわりつくような温もり方である。と言って、安心していられない。夜十時を過ぎたころになると既に気温が下がっており、心地よいを通り過ぎて肌寒い。昼間幾ら暖かくても、自転車の前カゴにジャンパーを入れておかないと安心できない。
寒暖の差が大きい地区の果物は美味しいと聞いたことがある。気温差が大きいと植物も警戒するのだろうか、果実が糖分をためて甘くなるという。この点は根や茎についても言えそうな気がするが、葉はどうだろう。
郡上は茶の北限にあたるらしい。長良川右岸では、那比辺りが北限に近く、大和の内が谷では栽培されていなかったらしい。限界に近いお茶は味も香りもよいという。ここらで小那比茶はよく知られているし、馬瀬川筋でも白川茶のブランドで取引されている。
この間から江戸時代のお茶に関する「仕切書」を読んでいて、分からないことがけっこうある。その一つが取引の時期だ。日付は十月になっていて、腑に落ちていない。
ここらあたりで十月ともなれば、朝晩は相当冷えるので、良質のお茶が取れるとは思えない。新茶を摘むのは五月の中旬あたりからである。十月なら、いわゆる三番茶というやつで、大抵は自家用である。そこで次のように考えてみた。
1 新茶、二番茶を摘んで置き、それぞれすぐに煎って保存し、十月に取引した。
2 新茶及び二番茶は初夏には越前へ運んでおり、この仕切り書は十月において決算したものと解する。
3 那比におけるお茶が良質で、三番茶でも商品価値をもっており、収穫、乾燥と共に売買された。
1については、仮に上手に発酵を抑えることができたとしても、保存が難しいのではあるまいか。一枚の仕切書について六両ないし七両の金で取引されており、相当な金額だ。品質が落ちる危険をおかすだろうか。
2については、可能性がないとは言えない。ただ取引の一つは福井城下の商人なので、那比まで道中が長い。立替えが考えられるものの、信用取引が行われるのは難しい気がする。栽培面積やら取引量を勘案せねばならないが、今のところ、3を中心に据えている。ご一緒に考えてみると面白いかもしれない。

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