錯覚

「ひだるい」という言葉をご存じだろうか。これは友人と話しているうちに出てきた語で、話し手も聞き手も方言だと思った。何回も聞いているはずなのに、記憶に引っかからないことがある。きっすいの郡上人である彼が意味を取り違えて何十年も過ごしてきたという事情があって、何となく面白みを感じたから調べることにした。
意味が良く分からないので、とりあえず彼に意味を尋ねてみる。彼は「ひだるい」を「ひ-だるい」と解してきたらしい。「け-だるい」のように、何となしに「体がだるい、すっきりしない」というように使ってきたという。
ちょっと不安に感じたからか、彼はネットで調べ直した。いろいろ検索しても、ほとんど全て「腹が減っている」という意味だった。
その後何人かに聴いてもやはり「空腹である」という答えが返ってくる。してみると、どうやら彼は長年意味を取り違えて使ってきたことになる。
落ち着いてから古語辞典を調べてみると、「ひだるし」というク活用の立派な形容詞である。これが「方言」として生き残っていたと考えてよさそうだ。私はこれについて全く知らなかったので同類以下だ。
となれば、「ひだるい」「ひもじい」は同義語とみることができそうだ。「ひもじい」なら私の中でれっきとした単語である。若い時から、断続してひもじい思いをしてきた。
「ひだるい」「ひもじい」はほぼ同義だし、ひょっとして、いわゆる「文字言葉」ではないかと気がついた。「かみの毛」が「かもじ」、「はずかしい」が「はもじ」と言う具合である。
同じ特徴をもっているし、それなりに納得のいく語形変化なので、これもいけそうな感じがした。ネットで調べ見ると、やはりこれも「もじ言葉」とみてよいようだ。
これまでなぜ気が付かなったのか分からない。そもそも「ひもじい」の語源を気にしたこともないし、「もじ言葉」は主として女性がする変形のイメージがある。なんとなく遠ざけていたのかもしれない。。
恥ずかしながら、私はこれまでしっかり調べもせず、「ひもじい」を何となく「紐-じい」と勝手に解釈して生きてきた。しっかり飯が食えず紐のように痩せているようなイメージである。こんなことは先達に尋ねれば立ちどころに解決しただろうに、長い間分からなかった。これは知ったかぶりということ以外に、どうやら私には知りたいことしか知ろうとしない傾向があるようだ。
ここでも又、使い慣れた言葉でさえ、しっかり意味を知らないまま使っていたことを痛感する。今回は運良く気づいたが、こんなことは幾らでもあるのだろう。
この歳にして、またまた愚かであることが判明してしまった。なんのなんの、こんなことでは挫けていられない。
「ひだるい」は素性が良いので、これから使ってみたい単語になった。

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谷空木