「カイト」から「ヤト」へ

まだ十分に熟しているわけではないが、人生のゴールが近付いているのでこれまで考えてきた筋道の一端を披露してみたい。

「カイト」は広く分布しているが、中でも関西から中部にかけて非常に多い地名である。これまで名だたる学者が解明に取り組んできたが、まだその定義すら諸説あり、定説をみない。その成立時期についてもはっきりしないし、なぜこれほど多いのかすら分かっていない。私如きがちょっかいを出して何とかなるテーマとは思えないが、身近にある地名なので、知らんぷり出来ない事情がある。

目の前に友人が作成した群馬県のカイトに関する地名分布図がある。なかなかの労作で、苦労が偲ばれる。その中で、同県北部から赤城山及び榛名山の山麓にかけて「カイト、カイド、カエト」(貝戸、海道、替戸等)地名が相当分布している。殆どが小字で、併せればおよそ三百もある。「カイト、カイド、カエト」を一括りにするには相当説明が必要だろうが、ここでは清音濁音が通じることがあるし、「カエト」は東北方言の影響があるかも知れないという辺りでやめておく。

またこれらと混じる形で同県南部を中心に、「〇〇ガヤト、〇〇ヤト」(〇〇ヶ谷戸等)とつく地名も四百以上ある。「〇〇ガヤト」の「ガ」は二通り解釈できる。属格の辞と見る場合と「ガヤト」を一連の名詞と考える場合である。前者なら「〇〇-ガ-ヤト」、後者なら「〇〇-ガヤト」と解することになる。無論いずれも考えられるわけだが、分布の状態から、「〇〇-ガヤト」も相当有力でないかと思われる。

「〇〇-カイト」を原型とすれば、連濁によって「〇〇-ガイト」となるのは自然で、これから方言による母音変化によって「〇〇-ガエト」「〇〇-ガヤト」と発音されるようになったのではないか。「〇〇-ガヤト」は群馬県のみならず埼玉県でも多数見られるので、関東一円に広がる元になったかもしれない。というのは、「ガヤト」から「ト」が抜け落ちれば「ガヤ」となり「世田-谷」「越-谷」「熊-谷」などの例が知られるし、連体助詞と錯覚して「ガ」が落ちれば「ヤト」となる。また「ガヤ」の「ガ」が落ちて、「谷」を単に「ヤ」と読むのも上と同様に考えてよかろう。「カイト」から「ヤト」へ道のりは遠いとしても、現に地名の分布に連鎖があるとすれば、単なる音韻遊びの域を超えているように思う。

問題はこれだけでは済まない。関東一円に「ヤト」と共に「ヤツ」の系統も存在する。「ヤト」「ヤツ」が関東で母音交代したのか、原形たる「カイト」「カイツ」がそのまま影響しているのかは不明だが、いずれにしても時間差を感じている。

                                              髭じいさん

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