温泉たまご

温泉卵という正式な分類があるのかどうか知らないし、温泉で熱を加えないといけないのかも知らない。ここでは気楽に卵を半熟にして食べるイメージをしてもらえると有難い。

先日、例の如く友人宅へお邪魔していた折、別のおしゃべり仲間が入ってきて何やら置いてすぐに帰ろうとする。中に生卵があったらしく、主人が「オンセン卵にしてくれんか」というような会話が聞こえてきた。話の要領がつかめないのでじっと聞いていると、「わかった、温泉卵やな」というので内容が掴めた。彼は最近何でも「温泉卵器」なるものを買ったらしく、嵌っているらしい。

私がよく行く温泉宿では朝食に必ず温泉卵が一個出汁に浸かって出てくる。これをそのまま温かい飯にかけて卵飯にするのが好みである。黄身も白身も固まりかけており、普段の卵飯より一ランク上のような気がする。というようなわけで「一個分けてくれんか」というと、了解してもらえた。そこでひとしきり温泉卵の話がつづく。卵の構造やら食べ方など、この歳まで生きると何だかだ喋ることがある。

そこで主が、「私はゆで卵をおでこで割ってから剥き始める」と言い出した。こいつはやばいやつだなと思ったがそれはそれ、「なるほど、それで。」と聞くと、「いつだったか、ゆで卵だと思っていたが何気に台所の角で割ってみると生卵だったので助かった」という。こいつは何と運のいい奴だと思った。私の頭に彼の顔を生卵が垂れさがる映像が思い浮かんで消えた。

それから又、「生卵と温泉卵の見分け方を知っているか」と言う。「知らない」「知らんものは知らん」と言うと、得意そうに「卵を回してみれば一目瞭然だ」という。それでも何のことが分からないので説明を求めると、「温泉たまごはくるくる速く回るが、生卵は二三度回るぐらいですぐ止まる」という。心の中では「本当かいな」と思ったが、その日は確かめずに帰った。

気になってまた翌日訪ねると、主が「ああ、そうそう」と言いながら印をつけた温泉卵と生卵を出してきた。おしゃべり仲間が私の分も一個作ってくれていたのだ。そこでテーブルの上で回して観察すると、彼の言う通りだった。彼は更に「固ゆで卵なら、もっとくるくる回るかも知れん」と言い出す。さすがにこの日はハードボイルドエッグが用意できていなかったので、確かめることはなかった。

彼は高校で農業科の先生がゆで卵と生卵の見分け方を教えてくれたという。実践に即した立派な教育だなと感心した。私は私で一寸先は闇だなあと感じ入った。知らないことだらけで生きていて、其のことすら知らないとすれば何をかいわんや。                                               髭じいさん

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