赤い風車
一瞬にしてばらばらな記憶が一つにまとまったというような経験をしたので披露したい。近頃「カスバの女」という歌をユーチューブで聴く。演歌の歌手がカバーすることが多く、演歌に分類されるらしい。何回も耳にするので歌詞も馴染みができたし、メロディーもすんなり入ってくるようになった。
それでも一か所、「赤い風車の 踊り子の」というところが腑に落ちない。そこでネットで検索してもらったところ、「赤い風車」はフランス語で「ムーランルージュ」と呼ばれ、「屋根に赤い風車のあるキャバレー」と一番に出ている。十九世紀末から開かれ、「歌やダンス、フレンチカンカン、大道芸を組み合わせたショーで有名」らしい。
ああそうだったのか、「赤い風車」はあのムーランルージュというキャバレーのことだったのか。してみると「カスバの女」に登場する女性は、パリのキャバレーで歌ったり踊ったりして、歴史のある舞台に立っていたことになる。なぜか、流れ流れてカスバの酒場で男たちを相手にしていたわけだ。
ここでハタと気が付いた。私は一時期ロートレックにはまっており、確かそんなものもあったな。八幡の旧家にかつて「越前屋」という大棚があり、恐らくご主人が集めたのだろう、ロートレックのポスターをかなり収集されていた。これを稲荷町の一角で展示していたと思う。無料だったこともあり、何回か見て回ったことがある。その中に「ムーランルージュ」という黄色っぽいポスターがあったような気がする。その他にも踊り子をモデルにしたものがかなりあった。私は見ていないが、そんな映画もあったように記憶している。ああ、あれがこの「赤い風車」だったか。一寸先は闇だね。
フレンチカンカンも、実際に見たのか単にメディアの映像だったのかははっきりしないけれども、宝塚の若い娘たちが舞台でやっていたのが脳裏に残っている。また何かの映像に過ぎないと思われるが、日劇でもこのラインダンスが踊られていたように記憶している。
笠置シヅ子が「銀座のカンカン娘」という映画の主題歌を歌っていたのをふと思いだした。これまで私は勝手にフレンチカンカンのことだと解釈していた。実際は作曲家及び作詞家とも「カンカン」の語源を知らなかったという逸話があるらしい。存外、根っこには「フレンチカンカン」があるかも知れない。
こうなると、歌の印象が全く違ってくる。主人公になっている女性はもと名門の舞台に立っていた踊り子で、歌も歌っていたらしい。きっと人気があったのだろう。彼女はなぜか花の都からはるばるアルジェリアへ流れ、カスバの酒場で女給となる。若い頃の自分を懐かしいと思い出していたかどうか。立ち寄った傭兵と一夜の恋をし、死地に赴く彼の白い制服を見送るあたりはせつない。 髭じいさん