二十年目

ここでのコラムも回数を重ね、どうにか千回まで届いた。価値のあるものなら思い返してそれぞれ纏めてみる気にもなるが、時々に思い付いたことを書き連ねただけなので、感慨深いということはない。

この題について書く気になったのは、ちょっと面白いことがあったからだ。行きつけの友人宅で話がこのコラムに及ぶことがあった。私は千回を越したのだから書き始めて二十年になったと思っていた。ところが私が書き始めたのは2004年の10月だったということで、まだ二十年経っていないと意見された。実績としてなら、通常満年齢でしっかり数えるものだと言う。よくよく考えてみれば彼の言うことも尤もで、まだ二月だから二十年経っていない。

ペンネームとしている「髭じいさん」は、私の孫が生まれてから付けたものなので、彼の年齢からして、まだ爺さんになって二十年は経っていない。なるほど正論である。ということで二十年目という題になった。

二十年はそれなりに節目なので、今回は大まかに振り返ってみる。いずれもう少し細かく纏めてみるかも知れない。書き始めは五十代前半だった。それまでハガキを書くのも面倒で、筆不精もいいところだった。頭の中で錯綜しているテーマやら論理やらを少しずつ整理するのもありかなと思って引き受けたが、どうやらこれが間違いだった。

私には若い頃から古代の音韻を復元したいというテーマがあって、誰にも相談せず、一人で思い立ってやってきた。背景となる古代史にも踏み込まざるを得ないので手に負えず、これ書き始めた頃には能力を超えていることに段々気づき始めていた。最早、楽しめる範囲でやっていたに過ぎなかった。

取りあえず関心のあった白山信仰などをシリーズ化したが、今思えばひどいものだった。史料が行き届かない上、思料も足りない。読み手の事も殆んど考慮されておらず、独りよがりだった。

『説文』を読むうちに浮かんだものをやはりシリーズ化して書き連ねたのも、需要がないことが分かっておらず、失敗だった。

ここ数年は地名をテーマにするようになった。誰にしろ生まれ故郷があろうし、育った環境によって人格がつくられることも否定できまい。本貫地というものは、どうしても切り離せない血肉の如く、その人の見た目のみならず奥深い内面にまで影響する。郡上の地名は郡上の人が主となって解明するのが筋だ。ふらふら流れてきた者が知ったかぶりをして書くものではなかろう。

かくして地名について書くなどおこがましいという思いがあったし、どうしても音韻に触れねばならないので重箱の隅をつつくような話になってしまう。ただ、よそ者だからこそ気づく事もあるし私なりの視点もあるので、緩く見てしてほしいと思う。                                               髭じいさん

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