単なる思い付き
先週末、友人宅で顔見知りの女性を含め世間話をしていた。彼女の通称名は「〇〇〇ま」で、最後に「ま」がついている。これの耳ざわりがよく、妙にはまっているので、その謂れを尋ねてみた。「〇〇〇」の部分が彼女の実名で、「ま」は敬称だった。
そう言えば郡上では、例えば「誠二郎(せいじろう)」なら、「誠二ま」というような通称名になることがある。これは五十代以上の連中にはまだ馴染みがあるし、実際残っているようだ。
ああ、あの「ま」だったかと一応腑に落ちた。ところが私の知っている限り、男性の名につくことは経験があっても、女性では初めてだったので戸惑ったのだろう。
ここでふと思いついたことがある。郡上ではこれとは別に、名前の後ろに又「さ」を付けて呼ぶことがある。例えば「渡辺さん」だと「なべさ」、「清一(せいいち)」なら「せい-さ」となる具合だ。
私の感覚では、「〇〇さま」「〇〇さん」「〇〇どの」等を加えて尊称とするのが普通である。こちらで住むようになって、この「〇〇ま」「〇〇さ」という呼び方に慣れて来て、それほど違和感がなくなっていた。
となると、なぜこのような呼び方をするのかとなる。何人かに、何故このような呼び方をするのかを尋ねてみても、すっきりした回答が得られなかった。
「ま」「さ」を加えて呼ぶ時の気分はどのようなものかについて聞いてみると、親しみがあり、同年代やら近所づきあいをして仲間意識のある人に付けることが多いそうな。これについてもその理由は明らかでない。
ここで行き詰ってしまう。ここでふと次のようなことを考えてみた。「〇〇様(さま)」の「さま」が、「さ」が抜けて「ま」になったり、又「さん」になってから「ん」が抜けて「さ」になったのではないかというものである。いずれにしても原形が「さま」になるというわけだ。
これらは殆んど根拠がなく単なる思い付きに過ぎないが、一つここが東部方言の西端にあたることが関連するかもしれないという点がある。と言うのは、東部方言では母音の数が減る傾向があるからだ。「しおからい」が「しょっぱい」、「いぬなき」が「いんなき」となる具合である。
郡上で例えれば、大和神路(かんじ)に「破岩(われわ)」「左平(さべ)」という小字がある。これらは「われいは」が「われいわ」を経て「われわ」へ、また「さへい」から「さべ」へ変化したものだろう。それぞれ母音の「い」が消えている。
「さま」は格式ばった場所で使ったり、畏敬する人につけ、「さ」「ま」と一部切りとり名前に加えるのは、仲間内であること、親しみや軽めの敬意を示すためではないかと想像してみた。
こんなことが根拠になるとは思えないけれども、なんとなく捨てがたい。論証どころか傍証すらないのであるから、書くべきか迷ったけれども、まあいつもの駄文だと笑って頂いて結構。 髭じいさん
