三題ばなし

パソコンが新しくなった。今までのノート型からデスクトップ型に復活した。ノートの利点は持ち運びできることだろうが、便利だと思ったのは今までわずかに2~3回あるのみだった。
それはそれとして、地味に制作している文書のフォントで手間取っている。同じ会社のソフトを使っているのに、なかなか新しいパソコンで再現できない。
ワードと文字鏡というソフトを使って、『説文』を中心とした音韻辞書をつくっている。変なもので、今まで使っていたフォントが当たり前になってしまい、それでないと「自然」ではないと感じてしまう。使い慣れると、美意識を含め、体系化された価値観が生まれてくるらしい。
新しいシステムを受け入れて、新たに「自然」な状態を作り出すのがよいのかもしれない。字形には妥協できないとしても、フォントに拘って、全体の作業が遅れるのはばかげている気もする。にしても、前のバージョンを簡単に受け継げないのはおかしいではないか。
幕末、ペリー率いるアメリカの艦隊が来航した。黒船である。徳川幕府は騒然となった。割合安定していたシステムに亀裂が入り、間もなく明治新政府がこれに代わることになる。幕府は士農工商など身分制度を厳密にし、武士階級が武器を独占するようにした。各地に有力な大名がいたにもかかわらず、他方で爛熟した都市文化を生み出した。だが黒船来航によってこれが一気に崩壊して国家が一新し、「文明開化」の時代が来たのである。
今年三月、東日本大震災が発生した。巨大地震であり、その後襲ってきた津波により特に太平洋側の東北三県が甚大な被害を受けた。福島県では更に東電の原発で燃料棒がメルトダウンし、放射性物質が広い範囲に飛散した。政府の対策に後追いの傾向があり、今もさまざまな問題が山積している。
ここのところ報道によると、放射性物質に汚染された「わら」を与えられた牛の肉から、セシウムという物質が検出されているという。幼い子供を持つ親は心配だろう。国産の牛肉が安全で輸入肉が避けられていた状況が一変し、輸入肉が安全で安心という傾向が生まれてしまった。
黒船来航、今回の津波はいずれも従来のシステムを破壊し、新たな価値観をつきつけてきたと言ってよいのではないか。
私の新しいパソコンがこのことを思い起こさせた。さて、どう対処しよう。長期にわたって文書を作成しているので、フォントのみならず、語間のスペースや行間の取り方に至るまで、いくつものパターンを併用してしまっている。必然性に問題があるにしても、これを機会に、ある程度統一した書式にするのがよいかもしれない。