風呂心象編

風呂については以前にも触れたことがある。今回は、心象風景を中心に書いてみたい。

最も古い記憶は、実家の近くにあった銭湯へ通っていた頃の話だ。小学校四年生か五年生あたりのことだったと思う。

暗くなってから一人で通っていた。道中に大きな空き家があり、人の気配がなく真っ暗だったので怖かった。そこから少し行った所にも家と家の暗い隙間が何ヶ所かあった。私は走りもしなかったし、速足にもしなかった。怖くなかったわけでなく、何故か駆け出すのは嫌だった。この時すでに父親が亡くなっていたのかどうか覚えていないが、子供心にも、しっかりしなければならないと感じたのだろうか。

これもいろいろ話を聞いて事情が少しずつ分かるにつれて、恐怖感が薄れ、段々慣れていったように思う。

学生時代はずっと寮の風呂が使えない状況だった。もともとそんなに好きという訳ではなかったので、マメに銭湯へ通ったわけではない。銭湯は二カ所を使い分けていた。よく通ったのは寮を出て熊野の交差点を渡り、少し行って路地を曲ったところにあった。もう一カ所はこれとは反対側にあって、バイトで金が入った時などに行くことが多かった。出た後にビールを飲むためである。

風呂代は今ほど高くなかったが、それでも風呂に行くにはやはり決意が要った。

当時は、タオルを水に浸して体を拭くことが多かった。頭は水道の下で直接洗った。寮の誰かが簡易のシャワーを設置して、それを使わせてもらったことがある。温水が出るわけではないので夏だけの贅沢だった。

こちらに来てからはアパートに設置してあったので、内風呂で済ますことができた。たまに仲間内で、清水橋のたもとにある天徳湯へ行ったのが印象に残っている。

一番風呂に入ることもあったが、自分好みの温度にするのは憚られた。ここでは大量の水を出してぬるくできるのだが、熱い湯の好きな人が多いと聞いていたからである。

残念ながらこの銭湯も、最後まで頑張ったが、又閉店してしまった。かくして八幡には銭湯が一軒もない。

そして今、我が家にも古いながら風呂がある。それなりに温度設定ができる式のものだ。実際、夏場はゆっくりつかると体がほてって中々冷めないので、しばらく汗が止まらなくなる。ただ、数年前に娘が見かねてキッチンにクーラーを設置してくれたので、それ程ではなくなった。それでも暑い時にはシャワーで十分だ。

朝晩がそろそろ冷え込むようになって、風呂につかるのが恋しくなってきた。湯につかりながら歯を磨くのが至福の時間である。                                              髭じいさん

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