イラ谷

一年半ほど前に「イラ洞」(2025年4月15日付け)という題で、これに触れたことがある。その時には「イラ」を「イラクサ」と解した。「イラ洞」「イラ谷」など谷筋全体を表す用例の多い事を指摘し、自然生えで群生しているか、かなりの規模で栽培されていると推定した。

時間がたってみると、「イラクサ」説だけでは「洞」「谷」など規模の大きい地名にあてるのに弱いような気がしている。そこで郡上をはじめ飛騨地区を中心に再検討してみたので、見てもらうことにした。

郡上で「イラ」の用例は、それとしては「苛洞(イラボラ)」(旧高鷲村大鷲)の一カ所のみである。「苛」が使われているので、「棘」に苛つくと解釈されたのだろう。

飛騨地区にはかなり用例があるので全て見てもらうことは難しい。おおまかに言うと、「イラ洞」「イラ谷」が多く、「イラ沼」「イラハラ」「イラナシ」「井蘭谷(イランダニ)」などがあり、殆んどがカタカナ地名になっている。語源がはっきり伝わっていないのではないか。

旧荘川村に興味深い用例があり、「入谷」と書き「イラタニ」と読まれている。ここで「イラ」は「入」と理解されていることになる。「入谷」の表記では、又「イリタニ、イリダニ」と読まれる例が幾つか見られる。白川村加須良及び荘川村赤谷などで「入谷(イリダニ)」である。

「イリ」という音について言うと、旧神宝村葛山に「イリ」、旧丹生川村旗鉾に「ヲイリ」などの関連地名と見られるものがある。

「入る」はラ行四段で、地名では連用形の「イリ」がそのまま名詞になったものが多い。

また「作り田」が「佃(つくだ)」、「渡り瀬」が「渡瀬(わたせ)」になるなど、「り」が省かれる例は多い。私は、この「り」が発音されにくいので、「ら」に変音したと考えてみた。

この辺りで「上(うへ)」は広く「ウラ」「ウリ」「ウレ」と読まれ、母音交替してきた。「入る」もまた「イラ」「イリ」「イレ」と交替するのではあるまいか。

「入り」は関東以北でしばしば地名に使われ、川上、上流などの他、一般に奥全体をも表すようだ。そう言えば、青森に「奥入瀬(オイラセ)」という美しい川がある。

郡上では谷と大川の出合いを「谷戸(たにど、たんど)」など「戸」で表し、その谷筋の出会いに近い所を「口(くち)」、中流を「中(なか)」、最も上流に当たる所を「奥(おく)」と呼ぶことがある。

かくの如く、「イラ洞」「イラ谷」「イラ沼」などの場合は水や川に関連するとみるのが自然ではなかろうか。「イラ」「イリ」が音変化したものとすれば、「イラ」は「イリ」を原形として、「入り」が語源だったことになる。

これは、あながち大胆な仮説というわけでもなく、飛騨地区は東部方言の影響下にあったと思われ、古い層にまで遡れる可能性がある。

とすれば「イラ」「イリ」が飛騨に多く、郡上に少ないのは、郡上が西部方言の影響を受けやすかったことを示しているかもしれない。今回はちょっと理屈っぽくなった。                                              髭じいさん

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