ナンセン

19世紀から20世紀の初めにかけて活躍したノルウェーの探検家、科学者、で後に政治家となりノルウェーの独立運動に参加し、さらに難民救済に貢献したことでノーベル平和賞を受賞した。筆者のもっとも尊敬する探検家である。ナンセンは1893年から96年にかけて北極海航路(北西航路と呼ばれた)の発見のために探検を行った。彼が32から35歳の時であった。北西航路探検の歴史は遭難の歴史ともいえる難事業であった。そのため彼は、氷に閉ざされても潰れない特別の船を建造した。もちろん当時は木造帆船である。(フラム号と名づけられたこの船は後にアムンゼンによる南極点到達の探検にも使用された。)ナンセンはこの船で氷の海を海流に乗って漂流し北極地方を調査した。まだ北極に大陸があるのかどうかもわからない時代である。そしてできれば極点に到達しようと考えたのであった。実際、彼は探検途中で船を離れ隊員一人を伴って犬ゾリで極点を目指し未踏の北緯86度14分まで進んだ。極点まであと420kmの地点である。そこから2人は自力で母国ノルウェーを目指し、北緯82度付近のフランツヨゼフランドで越冬し翌年4月に無事帰国した。一方フラム号も調査を続けながら、少し遅れて帰還したのであった。▲その後スウェーデンからの独立運動に参加し1905年の独立後初代の駐英大使となり、第一次世界大戦後の国際連盟の創設に貢献し、1921年から23年、赤十字の代表としてソ連の難民救済に尽力しノーベル平和賞を授与された。彼の死後ナンセン国際難民事務所が創設され、この機関は1938年にノーベル平和賞を受賞している。▲すぐれたロジスティックスと果敢な行動力、そして志の高さは誕生して間もないノルウェーの国民に誇りを与えたのであった。▲同様に、今、アフガニスタンの人々に必要な事は、誇りと自信をを取り戻すために必要なあらゆる援助であろう。そして、暫定自治政府議長(首相)のカルザイ氏がそれにふさわしいリーダーであってほしいと心から願っている。

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