お別れ花見

 三月の終わりからから四月の初めっていうのはいろんなことが終わって、いろんなことが始まって、そういう意味じゃ大晦日から正月よりももっと劇的に「新しい年感」があるのに、とくに祝ったりするイヴェントが無いのは何故でしょう。と思ったら花見というものがありましたね。これは思い立てばいつやってもかまわないし、何度やってもかまわないし僕としては正月よりも好ましいイヴェントなのでありました。
 そういうわけで今年の一回目の花見が昨日催されました。とうとう今日で最後になってしまった保育園のお別れ会の名を借りてイヴェント好きな子供達とその親たちが午前11時から続々と集まり始めました。場所は例によっての砧公園。桜はまだ2,3分咲きといったところでしょうか。でも穏やかで暖かい日だったのでとてもたくさんの人が花見をしていました。
 担任の保育士の先生も来てくれました。当然のように三線を持って来ています。僕も持って行きました。ひとりのお父さんは三線を持っているにもかかわらず家に置いてきたと言うのでみんなからさんざん非難され、慌てて自転車で取りに戻って行きました。
 子供達は広い芝生の上でこれでもかというような勢いで走り回っています。みんなお別れが近いので遊び方にも気合いというものが感じられます。大人達はがんがんお酒を飲んでいきます。午前中からバーボンのお父さんもいます。「今日はとことんいくつもりで来ました。」とこちらも気合いが入っています。三線を弾いていると上品なおばあさんが現れて「これは沖縄の三味線ですか?」と聞いてきます。わたしも弾きたいなあと思っていたんですよ、と仰るのでとても簡単だし楽しいですよと言うと「でもわたしもう82歳ですよ。」「三線こそ82歳からはじめるべき楽器ですよ。」いい加減なことを言うと「そうですねえ」と微笑みながら去って行きました。
 3時を回った頃にはあちらこちらにつぶれたお母さんがごろごろしていました。少し寒くなってきたのでそろそろおひらきにしますか、というような気配が漂ってきました。あるお父さんが「おとーりをしましょう」と宣言しました。おとーりは宮古島に伝わる風習でまあ一気飲みの一種なわけですが、飲む前に何かひと口上述べなければならないという決まりがあります。宮古島出身の人がいなかったので本当のところは良く判らなかったのですが、それぞれ決意の表明であったり、小咄であったり、一句詠んだり、そういうことを申し述べるとみんなで「あ、おとーりおとーり」と囃したて、発言した人がコップのお酒を一気飲みする、といういい大人が何やってんだ、っていうようなばかな花見になって行きました。本当は泡盛が良かったのですが、そういうものは無かったのでバーボン、ワイン、ビール、チューハイなどでてんでちゃんぽんなおとーりでばかなお父さんお母さんたちはどんどん酔っぱらっていくのでした。誰も子供達のことを気にしていないことに気付きました。あたりには姿が見えません。「何処行ったんでしょうねえ、こどもたちは」「なにかみんなで探検に出かけたようですよ。」「あ、そうでしたか。それではおとーりおとーり」。どこまでもばかな大人達でありました。
 すっかりお酒というものが無くなってしまった頃、いいタイミングで子供達が戻って来ました。「まだ、おとーり足りません。」という意見が出ました。「もう少しおとーりますか。」という意見も出ました。そこで近所のうどんやにくりだして二次会になりました。別れがたい思いはみんな同じなようでした。この時間がずーと続けばいいのに。楽しい宴会の時にはいつも思うことですが、この日はいっそうその思いが強かったような気がします。
 暖かい春の夜、遠い国のいくさのことは忘れて、にぎやかな、ちょっと切ない宴はいつまでも続いていったのでした。

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