白山奥院(3)

今回は、「越」をどう読むかを考えてみよう。やや煩瑣な例証があるが、ゆっくり楽しんでもらいたい。古代の音を復元するには、二方向の検証が必要である。一つは仮名音からで、もう一つは漢語音からである。今回は、仮名音つまり倭音ないし和音から考えてみよう。
訓読みはさておき、「越」は音として現在「エツ」「オチ」「エチ」が知られている。江戸時代に漢語音の研究がある程度進んでおり、「オチ」は所謂呉音の系統で、「エツ」は漢音の系統を引くということになっている。
確かに、この解釈は一応筋が通っている。「苑」「怨」「遠」「園」などは呉音でそれぞれ「ヲン」、漢音で「ヱン」と発音できる。現代音では「オン」、「エン」である。これは唇音が退化して、「ヲ」が「オ」に、「ヱ」が「エ」になったと考えるわけだ。
本居説では、「ヲ」「ヱ」はいずれもワ行音である。これに敢えて異論を挿むつもりはないが、「ヱ」とされるものの中にヤ行と考える方が良い場合がありそうで、一抹の不安がある。
入声音の開音化については、「吉」「結」「切」「八」などが呉音で「キチ」「ケチ」「セチ」「ハチ」、漢音で「キツ」「ケツ」「セツ」「ハツ」だから、呉音の系統で「チ」、漢音で「ツ」になる傾向がみてとれる。
これらから、「越」を呉音で「オチ」から「ヲチ」を、漢音で「エツ」から「ヱツ」を復元できそうだ。これはあくまで原則であり、「越前」を「エチゼン」と読むことなどを忘れてはならない。
ここに至って、「越」が呉音で「越知」「越智」と表記されるようになった由来が半分説明できたように思える。残りの漢語音については、また気が向いたらということで。

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