『説文』入門(21) -「蛇」の場合-
蛇を嫌う人が多いと思う。毎年この時期になると、一回や二回は見ることがある。藪から突然蛇が出てくれば驚くし、それがマムシであれば尚更だ。
『説文』で「蛇」は、「它」の字形で収録され、「它 虫也 从虫而長 象冤曲垂尾形 (中略) 蛇 它或从虫」(十三篇下046)である。
題字は小篆の「它」で、許愼は「虫也」と解している。「虫」(十三篇上260)は、「虫 一名蝮 博三寸 首大如擘指」で、「擘」(十二篇上313)は「手大指」のことであるから、「マムシ」ということになっている。この辺りでもう勘弁してほしい人が多いのではあるまいか。まあそう言わず、字の話だから、落ち着いて楽しんでもらいたい。
さて「从虫而長」は、「它」が「元々虫に従い、下に長くなった字形」というほどの意味。
「象冤曲垂尾形」は「上部が婉曲して、尾が垂れる形に象る」と訳せそうだ。
「它」「虫」共に象形字で、段玉裁は「它 象其上冤曲下垂尾 故長」とする。これはいずれにしても篆書体の話であり、フォントの関係で字形をお見せできないから、「它」が尾の垂れて長くなっているのに対し、「虫」がとぐろを巻いている形であるとだけ申しておく。今一般に使われる「蛇」の字形は、「它」に「虫」を加えた俗字だと云う。
音について段氏は『玉篇』『廣韻』を採用して「它 託何切」とするから、仮名音で「タ」あたり。だが「它」を声符とする「詑」「佗」「沱」「拕」を『説文』でみると、段氏はそれぞれ
「詑 託何切」(三篇上159)、
「佗 徒可切」(八篇上075)、
「沱 徒何切」(十一篇上一009)、
「拕 託何切」(十二篇上365)
と解している。『廣韻』哿三十三によれば、「詑」「沱」「拕」は「徒可切」で同音だから、一連の語に「託何切」ないし「徒可切」を採用していると言ってよい。「徒可切」は「タ」「ダ」辺りだから、有声音と無声音が行き来しているとも考えられる。
この「蛇」に加え、『説文』入門(19)で「奴」についても頭子音が[d]のみならず[t]も考えられることを指摘してきた。また前回(20)たどった「那」のほか、「大(徒葢切)」「土(它魯切 徒古切)」などもやはり[d][t]が対応しており、この両音がさほど厳密に区別される音ではなかったことに気づく。これらが、「奴」「都」の仮借に関連するのではなかろうか。