『説文』入門(22) -「奴」と「都」-

今回は「奴」と「都」の音義を比較して、仮借字としての距離感を確かめておきたい。『説文』で「都」は「都 有先君之舊宗廟曰都 从邑 者聲 周禮 歫國五百里爲都」(六篇下140)である。かまわず長文を引用したのは音義ともに重要と思われるからで、いずれも避けて通れないからだ。
許愼は「都 有先君之舊宗廟曰都」の解で、「先君の旧宗廟が有るを都と曰ふ」あたりに訳せる。『周禮』を引いて、「歫國五百里爲都」とする点も興味深い。
音について、段氏は『廣韻』を採用し「當孤切」、『玉篇』は「當烏切」、『集韻』は「張如切」「東徒切」である。よって、声母は「t」「ch」あたりを復元できそうだ。それぞれ仮名音で言えば「當孤切」は「ト」、「當烏切」は「ツ」、「張如切(チョ)」「東徒切(ト)」あたりだろう。
『説文』入門(19)で、段氏が「奴」につき『玉篇』及び『廣韻』上平聲を採用して「乃都切」とする点を紹介した。その中で声母につき、後漢朝が製作したのであるから北音の「ド」を採用し、更に無声音の[t]系統も考えられることを示した。
また同(20)(21)で「那」「多」を仮借とする点から「那」を「ナ」と読むことが難しいし、「蛇」「大」「土」などでも「d」「t」が厳密に区別されていないことを述べた。有声音と無声音の違いに過ぎないから、これらは当然と言えば当然かもしれない。
「奴」の韻母については『玉篇』『廣韻』及び『集韻』が「都」であり、「奴」「都」が同部疊韻で同声調であったと考えてよく、これだけでも仮借は可能である。
従って「奴」「都」の声母が異なっているとしても厳密な差ではなかったようであるし、更に「委奴國」が制度上切り離せない句であって、前後の同音字に挟まれた音が退化しやすそうな点を考慮すれば、これら二音にさほどの違いがあるとは思えない。
また義からして「委奴國」が後漢朝の用語であり、「伊都國」が倭人側のそれとすれば、用語の主体が異なることになり、「奴」「都」の微妙な声母の違いは許容範囲内だろう。
ただ「伊都國」の「都」については漢語として使われていた可能性があるが、音に関しては同じことが言えると思う。