『説文』入門(29) -「竹」「筑」「竺」-

『隋書』俀國條に登場する「竹斯國」の素性がよく分からない。これを解く予備作業として、この「竹斯」を国内史料で表記される「筑紫」「竺紫」と比較しておこう。
すでに「人物画像鏡」のシリーズで「斯」「柴」「紫」について触れているので、今回は「竹」「筑」「竺」の音を中心に取り上げてみる。
『説文』で「竹」は「竹 冬生艸也 象形」(五篇上001)で象形字、
「筑」は「筑 以竹曲五弦之樂也 从巩竹」(五篇上131)で会意字、
「竺 厚也 从二 竹聲」(十三篇下069)で形声字である。
「艸」は「草」のことで、「冬生艸也」は「冬にも生きる草」というほどの解。「樂」は「楽器」の意。「竺 厚也」は難しいが、段玉裁氏は「竺」「篤」を仮借字と考えている。
音について段氏は「竹」を「陟玉切 三部」、「筑」を「張六切 三部」、「竺」を「冬毒切 三部」とし、後漢代では少しずつ異なると解している。
他方、『玉篇』では「竹 知六切」、「筑 張六切」、「竺 丁沃切 厚也 又音竹」である。
また『廣韻』では「竹」「筑」を「張六切」、「竺」を「冬毒切」とする。ただ『廣韻』は「竺」についても「竺 天竺國名 張六切」(屋一)とするから、三字を同音に解している場合がある。
これらから「竹」「竺」について、『廣雅』も「竺 竹也」(巻十上釋草・85)とするから、少なくとも魏晉代には、同音の用例が多いと考えられていただろう。
「竹」「筑」についても、『爾雅』音義などで「筑音竹」とするから、早くからこの二音が近いと音であると認識され、南北朝にはほぼ同音だったとも考えられる。
以上から、『隋書』の「竹斯國」、『風土記』『日本書紀』の「筑紫國」、『古事記』の「竺紫國」が同一の国名を指しているとも解せよう。
史料が異なる以上それぞれ語の定義をした上でしか使えないとしても、これら三つの表記が同一国名を指しているとすれば、『隋書』『風土記』を中心にその骨格を描くことが可能かもしれない。