『説文』入門(42) -「鬼」-

頭から角が出ている鬼を連想される方が多いかもしれない。郡上には高賀山ないし瓢(ふくべ)が岳に「ぬえ」の伝承が残されており、その一つに何故か鬼の首が和良まで飛んだという話がある。これも興味深いが、今回は、鬼が古代にどんな定義をされているかを見るつもりである。
甲骨文や金文では、「厶」がない形なので、異形の頭をもつ者を表した象形字ということになっている。
『説文』では、「鬼 人所歸爲鬼 从儿 甶象鬼頭 从厶 鬼陰气賊害 故从厶」(九篇上213)である。念のために言うと、「歸」は「帰」を、「从」は「從」から「従」を、「厶」はこれだけで公私の「私」をそれぞれ表している。後半の「从厶 鬼陰气賊害 故从厶」は、篆書体で加えられた「厶」を説明していることになる。
さて解中の「鬼」「歸」は、似た音で意味を表す声訓と考えてよい。段氏は、『爾雅』(釋訓第三・115)郭璞注の「古者謂死人爲歸人」を引いて、「死人」が「歸人」とされている点を指摘する。「从厶」は「公陽私陰」からすれば、陰気を表していると考えられていただろう。
拙訳では、「鬼 人が死亡して鬼になる。儿に従い、甶は鬼の頭を象る。また陰気が害を及ぼすので厶に従う」という辺り。会意字と考えられていただろう。
つまり鬼は、「儿」が人足、「甶」が大きくて厳つい頭だから、人間に似た姿をしており、霊として昇華できず地に帰ってきたもので、人に害を及ぼす恐ろしい存在ということになる。
これに対し「靈」や「神」は、天に帰ると考えてよかろうから、「鬼神」は対義の構成になっている。『説文』の解から、「鬼神」は死者が天と地に分かれたものとも言えるし、陰陽に分かれたとも考えられるからだ。「神陽鬼陰」である。
これらを抽象した概念が「魂魄」である。「魂」は陽気で「靈」「神」にあたり、「魄」は陰神で「鬼」の化体したものになる。従って「靈魂」は、類義語を並べた連語になる。
以上、賈生の定義には及ばないかもしれないが、後漢代の雰囲気は示せたのではなかろうか。
興味のある方は、「甶」(九篇上230)、「儿」(八篇下028)、「厶」(九篇上233)を引くと、更につっこんだ『説文』の解を見ることができる。

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