初夏の風
風自身は目に見えないが、相当力があるらしく、水や砂などにその跡を残す。浜辺の砂のようにはいかないとしても、山の中でも様々な形を残す。初夏の風が力強く、爽やかで、新鮮な香りを運んでくれる様子を伝えられますかどうか。
この時期、海辺では海から陸の方へ吹く風と逆向きの風が入り混じった力強い風が吹く。瀬戸内では、南北方向である。これに対し、山の中では木の葉を揺らす清らかな風が至るところから吹くように思う。
草や稲の苗のようなたやすく靡くものは、その時々の風が形になって見える。また木の葉の場合は、揺らすことによってその姿を表すだけではなく、それと判る様々な音を出す。
五月ともなると、黄砂が大陸から大量に飛んでくる。海を渡るころから更に粒が小さくなるそうで、こんな山の中でもあらゆるものの上に細かな砂がたまっている。家の中のみならず、体中を砂だらけにする。容赦なく鼻の中にも入ってきて、ひどいくしゃみが出る。すでに杉や檜などの花粉でやられた喉や鼻の粘膜がさらに痛めつけられる。
それでも雨が降ると道や木の葉の上にあった砂が流れ、雨あがりには、空気が澄んで山の緑が鮮やかである。なんだか鼻も喉も楽なようだ。とは言え、相変わらず黄砂は飛んでいるだろうから、僅かな時間の楽しみに過ぎないかもしれない。
それでもこんな時には深呼吸ができて、ゆっくり回りを見る気になる。落ち着いてさえいれば、目に入っても見えていなかった景色を、ああそうだったなと実感できる。あざやかで、これこそ新緑といってよい。
初夏とはいえこの辺りでは、日によって寒暖の差がおおきく、朝晩と昼間の気温も相当異なるので、着るものも二様になる。朝散歩に出ると、山から吹き降ろす涼しい風が、里にとどいていることが分かる。花粉と黄砂にいためつけられた私の体にも、皮膚を優しくなでるようだ。
歳をとって新陳代謝が悪くなったからか、寒さにも暑さにも耐えることが難しくなっている。自然のサイクルに翻弄されて生きるほかない。この時期は梅雨が来るまでの一瞬ながら、何となく力強く、爽やかに生きていけるような気がする。
そう言えば、今頃、琵琶湖の周りではどんな風が吹いているのかなあ。