山行
風呂の中でよく見ると、手足はもちろん、上腕や太もも辺りまで刺し傷やひっかき傷がある。深い傷はないとしても、あちこち湯にしみるし、乾いたところが痒い。山の中で茨畑へ紛れ込んでしまった痕跡なのである。
先月の末、高賀山へ行ってきた。私は孫を連れ、友人はご子息と孫を伴っての五人。割合気楽なノリで話が決まり、その日を迎えてもリラックスしていた。
友人は大学の山岳部出身であるし、私にしても山の経験がないわけではない。当然登攀はうまく行くと思い込んでいたし、子供たちもいい経験が積めることを確信していた。今になって思えば、いささか山を軽くみていたことになる。
当日は天候にも恵まれ、林道から、順調に登山が始まった。だが、地元の子供会が数年前に整備したルートが見つからず、地図と磁石を頼りに、直登に近いコースを歩き始めた。しばらくすると、藪の中に入り込んでしまう。大人にとっては、熊笹の薄いところを選んで歩くので、さほど苦痛ではなかった。しかし子供たちにとっては、視線が低いわけだから、相当不安を感じたのではあるまいか。
少し明るいところへ出た。茨がびっしり波打っており、ここで引き返すかどうか迷ったが、茨の少なそうな所を選んで登り続けることになった。ゆっくりと進んでみたものの、やはり、全員茨の餌食になってしまう。
これに懲りて、やや背の高い杉林の方へコースを変えた。下草が生えておらず、茨がないからである。
そこからもまた直登が厳しいので、楽に稜線へ取り付けるように、トラバースするコースを選択した。当然ながら、谷筋で大きな岩が行く手を遮っている。子供が二人いるので巻いていくしかないが、それにしても容易ではない。昼になっても事情はいっこうに改善せず、休息を兼ねて、谷筋で遅い昼食を摂る。
目前に稜線があることは分かっていたが、協議の結果、ここで撤退することに決まった。
食後の下りも楽ではなかった。傾斜がきつく、足場もよくない。慎重にコースを選び、足もとを確かめながらジグザグに下りる。大人でも滑って下るしかない所があった。サポートを最小限にしたので、子供にとっては相当厳しかったに違いない。やっと楽なところまで下り、谷の冷たい水で泥まみれの手を洗うことができた。一心地ついたのだろう、子供たちのほっとした表情は中々よかった。更に下り、なんとか林道が見えるところまで出たので一安心。つくづく道はありがたい。
稜線近くの傾斜はきついし、なにせあの茨は尋常でない。岩場はそれなりに道具を用意しないと歯が立たない上、岩周りも相当厳しい。谷水がまさに水色であるし、やはり高賀は神の山だった。