続洞海(くきのうみ)
どうにかしたいという気持ちのあるうちに書くか、間をおくかは難しい。今回はなぜか落ち着かないので続けて別の観点から書いてみる。
前回は「洞」という字を「早い流れ」とし、「くき」という読みを「山または両岸の迫った地形」と解した。これ自体は、それなりに納得している。
この字を用いた人たちはこれらの語義をしっかり分かっていると前提してよい。分かっていないのは私たちである。
この海をまた「岫海(くきのうみ)」と表すことから、山が迫っているという印象を持ってしまう。ところが湾の入り口にしても周りにしても、平野部へ湾入していて、あまり山が迫っている印象がないので困っていた。
そこで「くき」を東の関門海峡にあて、この流れが速いことから、残存名として「洞」を「くき」と読めるかなと考えてみた。
ただこれにしても根拠が薄弱だし、一つ不安なところがある。同湾の入り口が「洞戸(くきど)」と呼ばれている点だ。洞海(くきのうみ)の入り口が「洞戸(くきど)」だから、これなら確かに整合性がある。
これにしても洞海の読みが定着した後の用語とも解せるので確実ではないけれども、名の発祥が洞海そのものにあることを示しているかもしれない。
そこで、「くき」の義をもう少し広げてみる。湾自体が細長く、かなり狭い所へ湾入しているので、定義した後半部分の「両岸の迫った地形」を採用するのだ。
「岫」の字形からすれば少し苦しいようにも感じるけれども、これなら「洞」という字で「流れの速さ」を、「くき」という読みで両岸の迫った狭い地形を表せる。
ただしこの場合、「早い流れ」にしても「両岸の迫った地形」にしても漢語及び和語の義である。
「洞」は「洞海湾(ドウカイワン)」では音で、「洞(くき)-海(うみ)」がそれぞれ訓である。他方「岫海(くきのうみ)」は音が隠れて、訓のみ。因みに「岫」の音は「似又切」とみて、仮名音では「ユウ」「ジュウ」あたり。この点はさらに用例を集める必要があるかもしれない。
これらを「洞(ほら)」の解釈に生かせるだろうか。この字を使う以上、「早い流れ」「空洞」という義を捨て去るわけにはいかない。
私はこの地区の「洞(ほら)」は、谷筋の河岸段丘にまばらな集落がある印象をもっている。この場合、まだ「沢」「谷」との包含関係がよく分からないとしても、「洞」を単なる地形の語と見るのでは自信が持てない。
「洞」の漢語音がこの辺りの地名で見えてこない現状では、「ほら」の語源を探るのは難しい。朝鮮語も候補に入れてよいかもしれない。