蛍の記
先日夕方に仕事場の土間を掃いていると、隅から何やら虫の死骸のようなものが出てきた。足が動いており、まだ生きているらしい。裏返っているのを見ると、何と尾の方が三段に光っている。
とっさにはそれとは気づかない、はてホタルなのか。まさか家の中を掃除しているときに出てくるとは思わない。少し落ち着いてくると、そうだホタルだと実感できた。大きさから言えば源氏かな。
田舎とは言え周りは家が密集している町家である。どこからか迷いこんできたのは間違いあるまい。裏に島谷用水の分流があるので、何となくこれが頭をよぎった。
数日後、小駄良の碁会を訪ねたついでに心安くさせてもらっている寺へ行ってきた。住職が裏の畑で作業をされていた。彼によると、中桐の辺りは三十年以上前に大水が出て浸かったことがあるという。実は、私もこれには鮮烈な記憶が残っている。西洞の奥に置いていたシイタケの原木が流された洪水に符合する。
そこで小駄良川の溢れた辺りを広げ、まっすぐに改修したそうな。それから地元の人と共に土手に木を植えるなど、大切に守ってきたという。自分のことしか頭になかったが、やっとあれとこれが結びついた。
そのお陰かどうか、段々川に萱が生えて川を浄化するようになったらしく、少しずつ河原にホタルが出るようになっていた。今年は、例年に増して相当な数が出たという。何となく嬉しそうだった。
ホタルと言えばどこか懐かしいが、ずっと手に届かないもののように感じてきた。高度成長期は敗戦の復興が一息ついてきたと言っても、なぜか忙しい世の中だったと思う。私の育った辺りの川は下水で汚れ、池や沼は厚く泥が堆積して濁っていた。田んぼも相当農薬を使っていたのだろう、かつていたカエルやドジョウを殆ど見なくなっていた。
私が来た頃の八幡でも見ることはなく、たまに奥の方から話が聞こえてきたぐらい。
ただここ十数年ぐらいかな、和良や西和良、明宝などで、ホタルの復活を目指している話は聞いていた。農薬を減らし、川を清掃して生態系を取り戻そうとしたのである。その成果からか、あちこちで群舞が見られるようになっているらしい。
さて土間にいたホタルだが、もちろん裏庭へ放してやった。ある子の話では、ホタルの寿命はわずか二三日しかないという。拠り所は、何かの映画で言っていたセリフらしい。何かしら違和感があったので事情を知る人に尋ねてみると、「一週間から二週間ぐらいじゃないか」という意見。
身の回りで起きた話だが、近ごろ山川を綺麗にしてホタルが復活してきたとすれば喜ばしい。だが他方で獣が跋扈することを思えば、社会が老齢化し、自然に働きかける力が弱くなったとも言えそうだ。