幽霊を見た男
この世は化物やら幽霊が跋扈してややこしい。化物は、まさに化け物であって、異形のものである。彼らは一日の終わりに出てくることになっている。かつて夕方から日暮れで一日が終わることになっていたので、妖怪や化物は黄昏に出ては人を驚かしてきた。
これに対し幽霊は、幽界の霊または浮遊する霊ということになるだろうか。幽霊が実在するのかどうか問うのは愚かしい。不可知だからではなく、霊であるから、人によって実体を持ったり持たなかったりする。
私の友人が、ある大学病院に入院していた。新型コロナの関係で見舞いも難しく、病状も分からないので、気にはなっていた。大学病院は基幹病院だから、緊急性の高い病気やら難しい病気を扱う。従って通常、地方の病院で紹介状を書いてもらってから診察を受けるという段取りが多い。彼は厄介な皮膚病に罹って結構長く入院しており、その時の話を幾つかしてくれた。その中で気になったのがこの奇妙な話だ。
なんでも十二月に入り、入院にも結構慣れてきたころ、ある日の夜中二時か三時あたりに喉が渇くので、同じ階にある食堂までお茶を汲みに行った。暗かったので電気をつけると、中学生か高校生と思われる若者が俯き加減に窓の方を向いている。人が居るとは思わなかったので、どきっとしたそうな。まあそれでもお茶を汲んで、帰り際電気を消す前に、その若者へ「電気を消しますよ」とことわりを入れた。返事がなかったが、自分が電気をつけた経緯があるので、消して病室へ向かう。
戻ってからよく考えてみると不思議な気がしてきた。彼がいた階は皮膚科と整形外科の患者が入院していたのだが、いろいろ思い浮かべてもその階に該当する人物がいない。まあ他の階から来ていたのだろうと考えてみた。もう一つ、彼の病衣が青色であったことに気づく。その時分、彼が入院していた病院は白の病衣で統一されている。だが、彼が入院時に自前の病衣を持ち込んできたとも考えられるし、さほど不思議でないと思い込もうとした。そうすると、真夜中に真っ暗な食堂で一人物思いに耽っていたのも尋常でないような気がしてきたという。そう言えば、「電気を消しますよ」と言った時に、彼に何の反応もなかったし、生気が無かったような気がしたそうだ。あれやこれやを思い、彼はそれ以後夜中にお茶を汲みに行けなくなったらしい。
皆さんはどう思われますか。当然ながら、幽霊が実在すると感じる人にとっては実在する。ここまでくると私は彼を揶揄する気が起きなかった。 髭じいさん