ヒタヒタと迫る(2)

近頃は新聞を読まないし、テレビもあまり見ない。もっぱら情報源はネットを通じて得るぐらいだ。田舎に閉じこもっているわけだから、耳に入ってくるのはもっぱら自分に関連する狭い範囲に限られる。例年より雪が多い気がするので、家の外に出ることも多くない。

こうなるともっぱら身近な人から得られる地元の情報で生きることになる。ここなら片意地を張ることもないし、大袈裟なことを言う必要もない。ところが新型コロナについてはこの地域だけでなく日本中、もっと言えば世界中の問題だから、この地方に限った情報でも何がしか普遍性をもつ。

先週末に郡上市の新規感染者が四十人を超えたようだ。これまでは二十人前後を推移していたのに驚きだ。もはやスキー場やら観光客が行きかう地区のみならずかなり広範囲に感染者が散らばっており、安全と言えるところが減ってきた。死者や重症者の人数や割合についてはよく知らない。市民病院をはじめ各病院が通常の診察をやっているので心強い。

二週間ほど前、地元の高校で感染者が出たとかで緊張したが、重症者も出なかったし何とか鎮静化できたようである。また一昨日この地区の中学校で一人感染が確認された。昨日又同じ中学校の異なる学年の子がやはり確認されたらしい。子供の属するクラスが閉鎖されたようで、実質五日間自宅で経過を観察しなければならないという。同僚の役員をしている仁も確か五日間だった気がする。前より短くなったのかな。

数日前、道路の雪かきをしている時に近所の先輩にあたる女性とちょっとばかり話をした。「歳をとると良いことがないね」という言葉が印象に残っている。その時には思わず「そうですね」と相づちをうったが、まだ腑に落ちていない。

彼女の夫や子供が入退院を繰り返しているらしく、年老いた身ではしんどいし、またコロナ禍で商売がうまく行かないことを念頭に置いているようだった。だが待てよ、彼女にはお孫さんが結婚して子供が生まれたというではないか。次男、三男も元気でやっているようだし、つらい事ばかり続くわけでもなかろう。愚痴が出たのは、思うようにならないことが次々頭に頭に浮かんだということではあるまいか。禍福は糾える縄のごとし、じっと耐えれば春が来るし、晩年も結構楽しめるのではなかろうか。

三回目のワクチン接種を今週やることになった。ただ会場が八幡でなく大和だというので鬱陶しい。天気がよければスクーターで、悪ければバスか長良川鉄道で行くことにしている。                                               髭じいさん

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