垣内(かいと)

中濃の郡上に住んでいると垣内を「かいと」と呼ぶことはなく、しっくりこない意味がある。ところが飛騨地区では「かいと」が一般的だし、一部揖斐などでも見られるようだ。よく調べて見ると、奈良県では「垣内」と書いて殆んど「かいと」と読み、用例が非常に多いらしい。

私は、これらの例から「垣内(かいと、かいつ)」が本筋ではないかと考えたことがある。「都」は「京都」「都内」では「ト」、「都合」では「ツ」と読まれることがあり、「ト」「ツ」が音通する。だが、他に「ト」「ツ」の通じる例が思い浮ばない。

そこでこれらを切り離して、もう一度整理してみることにした。

「垣内(かいと)」は「カキツ」から転じて「カキト」、音便化して「カイト」になったと解するのが定説に近い。だが、『萬葉集』にあるからと言って「カキツ」を語源にすることは難しいように思う。

律令制下で農地は国有であって私有は認められず、宅地およびそれに隣接する畑のみ私有が許された。そこで耕作地を広げようとして、垣を巡らし屋敷内の土地であることを示そうとする。その巡らした垣の内側が垣内(かきうち)であり、外側が垣外(かきそと)ということになる。

民部(かきべ)、部曲(かきべ)からすればこの囲い込みは律令制以前に遡るだろう。

私はこの前(七月三日付け)、「カキウチ」と「カキツ」に距離を感じたので、「カキツ」の更なる語源として「カキウチ-ツ」を想定した。

それでは「カキツ」から「カキト」「カイト」へ、単なる音変化で到達できるだろうか。上述のごとく「都」には「ト」「ツ」両音があり、これに影響された可能性がない訳でななかろうが、「都」の「ト」「ツ」は漢語音であって和語ではないから根拠になり難いし、じっくりこれに当たる他の用例を探してきたものの有力なものがない。

そこで、「カキツ」「カキト」はそれぞれ別に語源があると考えざるを得なくなった。「カキト」は垣外(かきそと)に関連するのではないかというのが現時点の案である。

「垣内(かきうち)」なら「かいち」と省音することがあるだろうし、「垣外(かきそと)」が「かいと」になることもそれ程無理があるように見えない。

ここで難問が残っている。実は奈良でも飛騨でも「垣内」と書いて「カイト」と読むので、この事実に反するではないかという意見が出るかもしれない。

令制で「垣の外」は、基本国有地なので、公有地としての農地、集落内外の入会地及び未開拓地などだっただろう。法制が緩くなるにつれ、これらへ新たな囲い込みが盛んに行われたに相違あるまい。かくして「垣の外」が徐々に浸食されて「垣の内」になっていったのではないか。かくの如く私有地として「垣内」になるものの、公有地としての「カイト」という原音が残ったと解してはどうか。

髭じいさん

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