ツクゼ

郡上美並の三戸(みと)にある小字である。カタカナ地名なので、恐らく地元でも意味が分からなくなっているのだろう。無論私も皆目見当がつかない。例によって生きているうちに何とかしたいという熱意は伝わるだろうか。

何とかヒントを得ようとして大字の三戸を舐めるように確かめてみると、関連しそうな地名があった。上佃(かみつくだ)、下佃(しもつくだ)そして佃歩岐(つくだぼき)である。

佃(つくだ)の原形が「作り田(つくり-だ)」へ遡れるというのは定説に近い位置にある。「り」が省かれていると解するわけだ。以前、「井光(ゐひかり)」の「り」が省かれて「ゐひか」になる例を取り上げたことがある。郡上でも「り」が省かれる例があり、地名として「渡瀬(わたりせ)」が「わたせ」、「鳥屋(とりや)」が「とや」、一般名詞として「塗師(ぬりし)」が「ぬし」となる等がある。

「ツクゼ」について言うと、同じ三戸にある小字の「佃(つくだ)」で「り」が省かれる例が三つあること、他にも郡上に「り」が省かれる例があることから、「ツクゼ」に「り」を加えて「ツクリゼ」と考えてみてはどうか。

郡上においても「瀬」は地名として広く使われる用語で、両岸を繫げる橋が望めない時代には瀬を渡る他なかった。舟なら淵でも瀬でも渡れるわけだが、舟が使えないような場所もある。天気が続き水量が減っているなら歩いて渡ることもあっただろうが、増水して流れが速くなると簡単ではない。歩きにくい岩を除去したり、大きな平たい石を並べる等、川底をならして人や馬が渡りよいようにしたのではないか。つまり「作り瀬」だったと解してみたいのである。

八幡町五町(ごちやう)に「ツカゼ」という小字がある。私は「ゼ」を「瀬」とみて、「ツクゼ」と同じように「ツカリゼ」と考えてみた。語形が似ているし、三戸と同様、長良川河畔にあるので互いに人の往来があったのではないか。とすれば「浸かり瀬」ということになる。この場合はやや水量が多くて足が浸かり、うっかりすると流されるような深さがあったかもしれない。

地名はそれぞれの地における歴史そのものだから、安易に敷衍するのは戒めるべきだが、他方で、一つの解釈が同じような難解地名を解くのに役立つこともある。試行錯誤を繰り返すしかあるまい。                                              髭じいさん

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