味噌
これまでずい分お世話になってきた。子供の時からだから、かれこれ七十年ほど味噌汁を飲んできたし、味噌に関わるあらゆる料理を口にしてきたと言ってよい。今回は地名として現れる味噌を取り上げるが、これが如何に日常生活に馴染んでいるかを書くことで自分の意見がどれほど危ういかを戒めたいと思う。
近ごろ食べた味噌料理といっても、盛りを過ぎたとはいえまだ暑い盛りだから、みそ汁やら鰆などの西京漬けぐらいしか思い浮かばない。ちょっと思い浮かんだのは生のキュウリに味噌をつけて食べるものだが、近頃キュウリ高価だからか、今夏は食べていないような気がする。冬場なら味噌おでんやらふろふき大根がすぐ浮かぶ。
ことほど左様に味噌は古くから生活に根ざしたものだが、地名となると、全くない訳ではないけれども、稀である。気づいたところでは、飛騨に数カ所あるだけだ。例えば高山市大島町にある「味噌スリ谷」や「みそ木谷」、旧古川町杉崎の「ミソ畑」などで、もうすでに語源がはっきりしていないのではなかろうか。
そこで私は「みそ」という音を中心に据えたい。既に「水沢上(みぞれ)」や「溝(みぞ)」などを取り上げて、「みぞれ」「みぞ」の「み」は「水(みず)」の省略形であり、「ぞ」「そ」は「沢(さは)」が音変化したもので、訓がそのまま残っていると解してきた。「ぞ」「そ」について言えば、旧仮名遣いで「郡上(ぐじょう)」は「くしやう」となるように、表記上は濁点がなくなってしまう。
従って「みそ」は、実際には「みぞ」と呼ばれていたのではないか。となれば用例の多い「溝(みぞ)」と共通するような気がする。この場合、「溝」は人工の用水路も考えらようが、地名では殆んどが自然地形と考えられ、「水沢(みぞ)」に遡れるだろう。
かくして語源が忘れ去られ、高山の場合、本来「水沢」或いは「三沢」などの沢名であったものにほぼ同義の「谷」が付加されたのではないか。私は飛騨や郡上あたりなら、「沢」地名が古層にあって、これとは別系統の「谷」が被ったと解している。
この地区はこれだけではすまない。「沢」「谷」に加え、同地形を「洞(ほら)」「川(かは)」で表すことも多い。それぞれの変化形を加えれば、整理も難しいほどである。様々な時代に、様々な出自を持つ者がこの地に入って来たことを示すだろう。
地名それ自身が史料となりうることがお分かりいただけただろうか。歴史学や言語学などを総動員して解明したいものである。 髭じいさん