焼(ヤケ)について
焼畑に関連する地名の続きです。まず「焼畑」をどう読むでしょうか。多くは「焼き畑」と「き」をおくり「畑」を「はた」と考えるのではないでしょうか。またこれに似た「やきばた」と直感した人がいるかも知れません。
この「焼き」は「焼く」が終止形で、「やか、やき、やく、やく、やけ、やけ」とヤ行四段に活用するでしょう。旧丹生川村桐山の「焼山(ヤキヤマ)」、旧大野郡高根村日影の「焼枯(ヤキガレ)」,旧郡上郡相生に「燒尾(ヤキオ)」などに見られますが、「ヤキ」と読むのは岐阜県でそれほど多くありません。この場合は、四段活用の連用形が名詞なったと考えてよいと思われます。
これに対し、「焼山(ヤケヤマ)」「焼尾(ヤケオ)」「焼野(ヤケノ)」などでは「焼」が「ヤケ」と読まれています。これは旧の吉城郡、大野郡、益田郡で共通しております。郡上郡では「ヤケ」「ヤキ」が相半ばすると言ってよいでしょう。「ヤケ」は「やけ やけ やく、やくる、やくれ、やけよ」とヤ行の下二段に活用します。これも連用形が名詞になったと解しています。
義として「焼く」は「火をつけて燃やす」、「焼ける」は「火がついて燃える」という現代風の解釈をしておきます。
なぜこんな面倒くさいことを書いたかと言うと、「き」と「け」は万葉仮名へ遡ればどちらも二種類が使い分けられていたのです。「き」の甲乙、「け」の甲乙という具合です。どちらの「甲」も現在使われている音に近いとされていますが、「乙」はすでに失われて明らかではありません。
万葉仮名でカ行四段活用の連用形は甲類の「き」とされています。これに対し、カ行下二段連用形の「け」は乙類です。現在使われている音では区別できないので不安があるかも知れませんね。江戸時代から続く長年の研究によってたどり着いた結論ですのでそれなりに信用できます。
かような訳で岐阜県に残っている地名からすれば、「焼」を「ヤケ」と呼ぶことが多いので、乙類の仮名を使っていたと解釈できるのです。上で述べたように乙類の「け」はすでに失われているのに、その痕跡が濃厚に残っていることになります。
ここで言う万葉仮名は主として記紀万葉で使われているものなので、「ヤケ」は少なくとも奈良時代初期に遡れる可能性が高い。『古事記』の構成からすればこれより更に遡れることは間違いないでしょう。つまり「焼山(ヤケヤマ)」「焼尾(ヤケオ)」「焼野(ヤケノ)」などが焼き畑に関連する地名とすれば、この地における焼き畑が少なくとも有史以来連綿と伝えられていることになります。 髭じいさん