山葵
わさびと読む。今回は鼻にツーンとくるような話に纏めたいが、用例がそれほどでもないのでどうなりますやら。私が岐阜県内で見つけたワサビ地名は二十例足らず。谷で言うと平仮名の「わさび谷」、カタカナの「ワサビ谷」、及び漢字の「山葵谷」がある。
居酒屋へ通ったことがある人なら、「たこわさ」が料理名とすぐに分かるだろう。案外、この「び」の省略が地名にも古い用例がありそうだ。
旧吉城郡神岡町に「和佐府」「和佐保」という小字があって、どちらも興味深い。
結論を言うと、前者の「和佐府」はまず「和佐-府」とみて、「和佐比-府」つまり「山葵-生」ではないか。「び」が消えていると解したい。
消すことより、消えたものを復元する方がはるかに難しい。残念ながら、この場合消えてしまう理由はまだ特定できていない。或いは万葉仮名で「ヒ」「ビ」はそれぞれ甲乙二種があり、乙類が消えてしまったことに関連するかもしれない。
また一般にハ行は有気音を頭に持つので、発音に努力する必要があり、これを避けて消えてしまう例も多い。バ行についても同様である。「野原(ノハラ)」が「野良(ノラ)」、「小平(コダヒラ)」が「小駄良(コダラ)」になるという具合である。
また「フ」にあてた「生(オフ)」のつく地名は多く、「麻生(アサフ-アソウ-アソ)」「菅生(スゲフ-スガフ-スゴウ-スゴ)」などはこれまで取り上げてきたので、少しは馴染みが出てきたかも知れない。このように「フ」が「ウ」へ退化したり、消えてしまったりする例がある一方、そのまま残る例も多い。
かくの如くして「和佐府」から「ワサビ-フ」つまり「山葵-生」を復元したという訳である。これでよければ、旧益田郡上原村の門和佐(かどわさ)、同中原村の和佐(わさ)という字も又「わさび」が退化したと考えられそうだ。
とすれば少しばかり展望が開けてくる。上記した「和佐保」や旧益田郡馬瀬村黒戸の「わさざ」など、これまで難解地名として等閑に付されていたものにもスポットライトの当たる可能性がある。
「保」はこの辺りでは荘園時代初期から使われており、地名としてかなり現存している。ただ神岡町の歴史に詳しくないので、どのあたりまで遡れるのか案がない。
「わさざ」の「ざ」も難しいが、私はこの辺りに散見する「見座(みざ)」を念頭に置いている。この「ざ」は河岸段丘の割合平らな地を言う。これでよければ、山葵の生えている平らな湿地となる。
私にとっては更に、懸案である「和良」の語源を探る傍証にもなっている。「わさび」が「わさ」と省略されているのであれば、「わらび」から「び」が略され「わら」になったと同じ過程にならないか。
以上、図らずも混乱した頭の中を見せてしまった。これらはあくまで仮説であって、又違ったところからアプローチされ、違う結論が出てきても面白い。 髭じいさん