イラ洞

「いらつく」「いらだつ」「イライラする」と並べると、まず良い意味ではなかろう。「イラ洞」と聞くと、やはりそのような印象があるかもしれない。ただ、何故そうなるのかはよく知らない。

「イラ」は恐らくイラクサの略称だろう。イラ自身に草木の棘という意味があるようなので、イラクサの棘を思い浮かべる人が多いかも知れない。茎や葉の表面に刺毛があり、これに触るとかなり痛い。これから刺草と表記されることがある。

美濃、飛騨地区でイラのつく地名は「イラ洞」「イラ谷」が多く、「イラハラ」「イラ沼」「イラナシ」等がある。

これだけでは自生するのか栽培されているのか分からない。「イラハラ」「イラ沼」「イラナシ」などは自生を前提にしているように思えるけれども、所謂個人の感想というやつである。

これらに対し「イラ洞」「イラ谷」は洞筋、谷筋全体を表していることになるから、イラクサが印象に残るほど群生しているか、何からの意味でこれを栽培している地名のように感じられる。

前者のように自生するイラクサを指している場合もあるだろうが、これらは殆んどカラムシを指すと解している。この辺りでカラムシの地名がないのは、イラクサに統合されてしまったからだろう。

綿が一般化する以前から使われていた繊維は麻、苧麻(チョマ、からむし)、亜麻(あま)、藤蔓などで、これらは今よりはるかに需要があった。今回はイラクサ、カラムシなのでこの中の苧麻を扱っていることになる。

なぜ「イラ洞」「イラ谷」の割合が多いのか確かな答えを見いだせないが、その需要の多さから、私はカラムシを奥山で栽培していたと推測している。つまり古くはナギバタで栽培され、更にそれから畝畑(うねばた)、常畑へ発展してきたことに関連するのではないか。

郡上に関してはイラ地名がほとんど見当たらず、飛騨地区に広く見られる。郡上では素材としてカラムシを使うことが稀であったのか、或いは歴史上のある時期に絶えてしまったのか。

字について言うと、カラムシとして「苧」「苧麻」「紵」「枲」「葈」等が使われている。汎用される「苧」は「苧生茂 (おいも 旧上宝村)」、「苧倉切 (おぐらぎり 旧郡上郡大和村神路)」で「お」と訓まれている。これは「緒(お)」と関連するだろうから、つなぐものとしても使われていた痕跡かも知れない。

私は実際に繊維を取り出す工程やら、紡ぐなどは不案内である。越後上布などをみると、上品でかつ肌に優しい気がする。                                               髭じいさん

前の記事

春の憂い

次の記事

郡上紬新着!!