ヤ行について
今回は、ヤ行について考えてみる。現在の仮名では、や-ゆ-よの三つが使われている。例によってヤ行をア行と対応させると、や-あ、ゆ-う、よ-おとなる。ただし、古く万葉の仮名では[ye]の仮名があった。「衣」がア行の「え」で、「延」がヤ行の「え」ということになっている。仮名としては、ア行・ヤ行共に「え」と表すから、ややこしい。平安期にはすでに[ye]が退化しているようで、「天地(あめつち)の詞(ことば)」では変則に残り、「いろは歌」では拾われていない。万葉以前に[ye]が使われていたというのは、様々な影響がある。
一つは、「ゑ」がワ行の音で[we]なのに[ye]と混用されていることも説明がつくし、方言の由緒ないし根拠が示されることになる。
一つは、歴史学にも影響があるだろう。例えば、列島の古代史で「越」の果たした役割は大きいにもかかわらず、その仮名音がさほど解明されていない事情がある。「越」は、現代の仮名音では「オチ」「エツ」「エチ」であるが、それぞれ仮名の方からも[wet]ないし[yet]に遡れる可能性が生まれたのである。また、列島にあって中国に承認された最初の国家である「委奴國」が、所謂『魏志』東夷傳倭人条の「伊都國」と同一国家であるか否かの議論にも関連する。この点も、機会があれば扱ってみたい。
因みに音末の[t]は、入声音と言って、開母音に慣れた我々では聞き取りにくい終末の子音である。
一つは、[yi]の存在が視野に入るかもしれない点である。仮名としては復元が難しいとしても、漢語音からは手がかりが無いとも言えない。
普段我々が使う言葉の音というのは、誰にでも分かってもらえると錯覚しやすいが、それ自身が既に個性から出たものであって、必ずしも万人に理解されているとは限らない。音は最たる文化の一つであると同時に、個人の心象風景を表しているものなのである。