白山奥院(4)

「越南智」の「南」をもう少し検討したい。神様の話であるし、またパズルの重要な一片であるから、もう一歩進めざるをえないのである。
万葉仮名の例で言うと「神南備(カムナビ)」「甘南備」では「ナ」、「印南野(イナミノ)」では「ナミ」、このほか助詞で「ナム」と読まれている。
語尾音を全て母音で終わる体系では、語末音が「ン」のような子音で終わることはない。[m]で終わる場合は、[i][u]の母音が加えられ、「ナミ」「ナム」という具合になる。だから、漢語で[nam]と発音することがあれば、確かに筋が通っている。
紀記がこれに基づき「大己貴(ヲホナムチ)命」「大穴牟遲(オホナムヂ)神」を「ナム」とするなら、これらの原型と思われる「越南知」「越南智」を「ヲナムチ」と復元できる可能性がある。「ヲ-ナム-チ」が全て万葉仮名で、一見すっきりしているようにみえる。この場合、伝承された「ヲナンチ」は、平安末あたりに[n][m]が混同されるようになって以後の音ということになる。
だが、『玉篇』で「南」は「奴含切」、『廣韻』『集韻』では「那含切」となっており、少なくとも南北朝から唐初期あたりまで[nan]であった。『説文』段注はやはり「那含切」で、『詩經』に遡っても邶風・燕燕の「音南心」、小雅・鼓鍾の「欽琴音南僭」などを引き同様に[nan]である。これからすると、音借の「ナ」はありえても、「ナミ」「ナム」は考えにくい。
仏教が導入されてから『万葉集』の時代までには、およそ二百年が経過している。神名であるから、「南」を使う必然性があっただろうし、これが「ナン」と読み習わされていたと考えても大胆とは言えまい。泰澄の白山登拝前後には「南」を「ナン」と読むことが既に一般化しており、少なくともこの時点でこれを神名の一部として使っていたのではないか。
私は「ナ」「ナミ」「ナム」について、「ナン」が発音できないための代用音ではないかと推測している。

前の記事

ヤ行について

次の記事

白山奥院(5)