入学金
どこやらの県で、高校の入学金が払えないので入学式に参加できず、保護者と子供が別室で待機させられたという話があった。自分の子が同じことになれば堪えがたいし、親子の気持ちを思い遣ると、どうしても書かざるを得ない。
どうしてこんな理不尽なことが起きるのだろうか。私にとっては寝耳に水というやつで、ことここに至った経緯をよく知らない。
支払えないにはそれなりに理由があるだろうが、実際に現在金がなく、断腸の思いで子供に手を合わせている親もいるに違いない。一昔前は、珍しくなかったように思う。
だが最近では、金を持っている家庭でも幼稚園や小学校の給食費などを支払わない例が結構あるという。この場合は、何か優先順位に齟齬があるように思えてならない。
公立の学校では予算が充分ではなく、さらに現在では燃料や原材料費の高騰から、資金繰りに苦しむ場面もあるだろう。学校の円滑な運営を考え、生徒の家庭から頭割りで「平等」に負担を求めるのは残念ながら時代の流れである。いつの頃からか、国公立の学校でも「受益者負担」の原則を当たり前のように行使するようになった。
それぞれ当事者である県の教育委員会、学校長及びPTAやご両親の気持ちを考えるとやりきれないが、事前の相談や奨学金の運用など、こういう事態を避ける大人の配慮が見られなかったのが残念である。
このことによって最も追い込まれるのは子ども自身だろう。学問するのに貧乏は恥ずかしくない。学問に集中すれば働けないのであるから、誰でも貧乏は必然である。運よく親に金があって進学できるのであれば、それはそれでよい。運悪く親に金がなくとも、なんとか凌いで、最後までしっかり勉強してほしい。
余計なお世話かもしれないが、同輩の生徒には、明日はわが身と考えて、上からの目線で彼らを見ないでいただきたい。誰であれ、子ども自身には金もなく社会的地位もないはずで、自分を鍛え地道に力をつけて夢を育むのみだから。