吉田川譚(2)
二三日前、雨なのに散歩を強行した。いつものコースで、町内から吉田川へ出て、学校の裏を通り、小野にあるスーパーまで行く。いつも川を眺めながら歩く。この日も川を眺めていると、右岸の方はそれほど濁っていないのに、左岸の水だけが赤茶けた色になっていた。ここでは、初めての経験だったように思う。
恐らく本流の流れが強かったので、ほぼ川の真ん中あたりまでしか進めず、混ざらずにそれぞれ別々に流れていたのだろう。
いつものコースだと、堀越から幾本かの谷が吉田川左岸へ合流している。堀越は石灰石の多いところで、いたる所に鍾乳洞がある。私が知っているものだけでも三つや四つはある。だが赤谷の名からも分かるように、表土は割合赤土が多い。
ここのところ連日強い雨が降って、吉田川の水量が相当多くなっている。一方で、堀越に降った雨が土砂を含んで一気に吉田川へ流れ込み、他方明宝筋の雨量は多くても表土を削るほどでなかったと考えてよかろう。ここからは推測だが、どちらの水量も多く速かったので、全体に混ざることなく、赤茶けた水が左岸に片寄って流れていたのではなかろうか。
明治時代だったか、赤谷が抜け、大勢の命が失われたことがあった。私が引っ越して来てからも、赤谷筋でひどい水害があった。明治以前にも、何回も地すべりがあっただろう。ここでは、赤は気味悪い色とも言えるのである。更に上流に遡って、どの辺りから色が変わっているのか知りたいとも思ったが、雨が強くて挫けてしまった。
山であれ川であれ、日常の一景色になってしまえば、よほどその姿が変わらない限り、いつもと同じように見えてしまうものだ。しかし浮世のしがらみを離れ、落ち着いて周りを見れば、同じということはまずないのである。
それとして抽象した美しさを感じることも大事だが、拙いながら、どうしても背後にある因果を探ろうとするのが私の業かもしれない。長良川ほど川幅のない吉田川でも、二色の水が混ざらず流れているのが印象深かった。俳句みたいなものを一つ。
梅雨空に ふた色流れる 吉田川