吉田川譚(1)

先日、町内の川掃除があった。出るのが義務というわけではないが、市の財政が逼迫していることもあり、一方で何となくせかされているような気分はあるものの、近所の人と世間話ができるので親睦にはよい機会だと思っている。
草を刈っているときの話である。私はやり始めると夢中になってしまう。ふと見ると低い草に何かの幼虫らしきものが付いている。手を止めてじっくり見ると、透き通った羽が付いており、トンボに間違いない。それも最大級のオニヤンマが脱皮している最中だった。傍らには抜け殻があり、既に頭と胸が抜け出て、さらに胴もすっかり出たばかりのようだった。透明で輝くような羽が出ていたが、胸や胴はまだ薄皮をまとっている。最終の脱皮で、今まさに羽化の真っ最中だった。
掃除が終り、どうしようか一瞬迷ったものの、孫が帰郷中のこともあり家に持ち帰ることにした。羽の部分を持てば、トンボにダメージがないと判断したことも一因にある。そろりと持つと、胸や胴の部分から熱気が出ているように感じた。触れたかったが、羽化に影響するかもしれないので、感触でとどめた。
持ち帰って、庭にある茗荷の葉につかまらせて、午後一杯何度も近くで観察した。だんだん薄皮のようなものが取れ、黒と黄色がはっきりみえるようになったので妙に嬉しかった。
幸い孫も少しは興味を持ったようで、一緒に見た姿が映像として頭に残っている。彼はびびり加減であったにしても、何度も自分から進んで庭に出て観察しようとしていた。
我が家の庭に、トカゲがいる。羽化の途中で捕食されないか不安がよぎった。夜遅く見たときには、まだ茗荷の葉に止まっていた。
翌朝オニヤンマを見ようとしたが、もういなかった。トカゲの餌食になった可能性もあるわけだが、私としては、朝一番に庭から飛び出したと考えたい。
指を胴に近づけた時の熱気が不思議だったので調べてみると、飛行中の体温は40度ほどになるらしい。だが、羽化途中のそれはよく分からなかった。ただ、熱気からして、羽化最中の体温もやはりそれぐらいまで上がっていたのではなかろうか。この手に感じた温度が、また私の生きている実感として残ったのである。